オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』

 劇場で『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を見る。
 「スター・ウォーズ」サーガ初のスピンオフ映画……『イウォーク・アドベンチャー』『エンドア』なんかは元テレビスペシャルだし、数に入れないんだろう。
 相当に評価が高いようなので、期待して見た。
 うーん、ハードルを上げすぎていたせいなのか、結構アラが見えてしまって乗り切れず。
「つまらなかった」というわけではないし、『スター・ウォーズ』ってアラの部分まで含めて、基本こういうものではないか、という気もするけど。
 以下ネタバレ、映画のストーリーに触れていますので未見の方はご注意。


 ヒロインに余計な設定を沢山付けた効果は、疑問。
母親を殺され、父親は帝国軍に連れ去られた、というだけでもう十分だと思う。
過激派反乱軍の首謀者で笑福亭鶴瓶似のゲレラに救われ、なんだか作戦中に見捨てられる形で袂を分かった後は非合法なことなどして生きていたらしい(セリフで語られるのみ)が、帝国軍に捕まったところを救い出してくれた反乱軍に、ゲレラとの仲立ちを求められるも、久々に再会して誤解を解いた?ゲレラはデス・スターからの攻撃によりアッサリと死亡してしまう。
彼の片腕として組織内でずっと普通に活躍していた、あるいはゲレラ自体を出さず、孤児として非合法なことにも手を染めながら必死で生き抜いてきた、という風にしたほうが設定はスッキリしたような。
 殺害された母親が、ジンに余り影響を与えていないよう見せるのも不満……ギャレス監督では『GODZILLA』で悲惨な死を遂げる主人公両親も、構成上あまり上手く役割を果たせていなかったが。
 ヒロイン設定を紹介するためだけに、前半はかなりゴチャゴチャとした、あまり面白くない話を見せられることになってしまうし。

 ジン父が作ったデススターの弱点。
しかし『4』を見る限り、攻撃隊に偶然にもフォースを備えたルークがいなければ、排気口への攻撃は失敗していただろうと思え、もうちょっと攻略への敷居を低く作ってあげるべきだったのでは。
『銀河英雄伝説』イゼルローン要塞にヤンが仕掛けたみたく、パスワードにより一気に無力化するとか。
…まあ、それじゃ『4』クライマックスが盛り上がらないことおびただしいが。
 『スター・ウォーズ』の世界は、ワープ航法や重力制御など、ものすごく進んだ技術がある反面、デジタル方面は驚くほど遅れており、戦闘照準システムなんて、せいぜいファミコンの画面並み。
なので、ハッキングとかプログラムをいじってどうこう、なんて発想そのものが出てこないのかな。
 この映画を現代風に作るなら、太ったハッカーが登場し、なんだかママに叱られつつ自宅からスカリフのデータバンクに侵入しようとする、地味な内容になってしまうかも。
まあそれはそれで、『ダイ・ハード4.0』みたいな作りにするという手はあるが。

 トルーパーの標準装備に暗視ゴーグルとかあるのかもしれないけど、それでも、帝国軍施設に突入するなら昼より夜の方がマシだと思う。
しかしギャレス監督は、夜というと本当に誰が誰だか分からないぐらい真っ暗に撮ってしまうので、昼間なのは見やすくて良かった、ってのも事実。
 スカリフ攻略戦、ローグ・ワンは汚い仕事も請け負ってきた歴戦の勇士達で構成されているんだから、もうちょっと作戦を考えればいいのに。
といっても、ジェダイだって考え無しに「バンザイ突撃」してドロイドにバタバタやられてたし、この世界にしては凝った方か。
 反乱軍の善戦は嬉しいものの、『5』の雪原であんなに苦戦したAT-ATがXウィングには簡単に破壊されたり、スターデストロイヤーが小型艇ごとき(そういう役割に特化した船なんだろうが)に押されるし脆過ぎるのは、ちょっと引っかかる。
いやスター・デストロイヤーは、シリーズ通して図体だけで役立たず気味かな。
 超絶剣士のキャラクターは面白かった。
自分の寺院が銀河帝国軍にとり潰されたとはいえ、あんなに命をかけてまで攻撃に参加する理由は、ちょっと分からないけど。
ジェダイに憧れ、ジェダイとして生きたいと願っている彼にとって、対・帝国軍戦への参加は必然か。
 ジン父に感化された……んだっけ?帝国軍パイロットが裏切る理由も弱い。
しかし『7』フィンも唐突に離反してるからなあ、帝国軍は隙があったら裏切りたいと誰でも思うブラック軍隊なんだろうと思うしか。

 文句を言いつつ、地上と宇宙でまさに「スター・ウォーズ」な戦いが繰り広げられる所は、見応えがあった。
アクバー提督に似た宇宙人が艦隊の指揮をとるなど、『6』へのつながりも意識させられたし。
 シニカルなK-2は好き。
最期の勇姿が泣ける。
 フォースを駆使し、超絶の強さを見せつけるダース・ベイダーが恐ろしくも格好いい。
ゲーム『バトルフロント』のデモにはそういうシーンもあるが、実写で見られたのは嬉しい限り。
 面白いところも好きなシーンもあって、駄作などではないけれど、傑作と呼ぶのはちょっと躊躇われる、監督の『GODZILLA』『モンスターズ』と同様評価の作品。
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『台風のノルダ』

 今更、テレビ放送されたものを視聴。
 作画はキレイで頑張っていたと思うけれど、それ以上、特に得るものが無い。
 主人公であろう男の子が抱える葛藤は弱く、ノルダはその事情も内面も描き方が薄くヒロインとして不足。
SF的に大変な事態が起きていたんだろうと思いつつ、イメージだけで詳細は不明、しかもラストで事件が根本的に解決したのかどうかも分からない。
近づく台風、学校内に閉じ込められることによる不安や高揚感……だけでも感じられれば良かったが、それにはSF要素が邪魔。

 何を描きたいのか、「ここだけでも面白いと思って欲しい」という絞り込みが出来ていないアニメ。
26分の短編では、絶対必要だったのに。
 メインキャラの声に、声優初挑戦?の役者を登用したのは、何故だろう。
こう言っては何だけどジブリ作品のように「画面に十分な説得力があるので過剰な演技は必要ない」、と言えるまでの映像クオリティーではなく、その名前で興業に影響を与えるほど客を呼べる役者さんだとも思えない。
 演技に問題のあるテイクでもそのまま通して使ったのでは?と感じられるカットがあったり、制作者の「妥協」がにじんでいて、残念。
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映画『テケテケ』『テケテケ2』

 衛星で放送された映画『テケテケ』『テケテケ2』を見る。
 『ノロイ』が面白く、『ある優しき殺人者の記録』の馬鹿パワフルさも楽しくは見たけれど異常者の行動動機を肯定するような内容に複雑な鑑賞後感を残し、未見ながら評判の良い『貞子vs伽椰子』を手がけた、白石 晃士監督作品。
 テケテケって、映画『学校の怪談』に登場したサルみたいなオモシロ姿しか印象になかったが、「上半身だけ・腕の力のみで追いかけてくる人間型妖怪…幽霊」という設定なのね。
この造形が作品の見所になるはず、でも、何しろ低予算映画なので、安っぽいというか何だかよく分からない。
 駆け寄ってきて、ターゲット女性をスパッと真っ二つにする芸風しかないせいか、怖さの演出も弱い。

 最初の映画、主演が大島優子だということに驚く。
こんなホラーに出てたんだなあ、いやその前に『伝染歌』なんて秋元康原作の駄作ホラー(耐えきれず途中までしか見てない)に出演してたか。
 少女達が襲われる理由付けは弱く、かといって理不尽な目に遭う恐怖を目指している訳でもない、中途半端なストーリー。
『2』の方で描かれた、陰湿な学校イジメの方がよっぽどコワイ。
 テケテケの設定を物語の必要に応じてフラフラ変えてしまう適当さに、笑う。
 見るのがイヤになるようなダルさや不快感はないので、なんとなく流して見るには向くだろうか。
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映画『シン・ゴジラ』

 映画『シン・ゴジラ』を見る。
 総監督・庵野 秀明、監督・樋口 真嗣による、久々…12年ぶりの新作ゴジラ。
うーん…だった『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』、これは遠慮なく駄作の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』と、両氏の前作に疑問符が付いており、つまらなかったら文句言ってやろうと思っての鑑賞。

 面白い。
これまでの「ゴジラ」とは大きく違っているため、評価の基準によっては厳しくなってしまうこともあろうが、子供だましでなく大人向けに、手を抜かず全力で、最後までしっかり作られている映画。
 『エヴァンゲリオン』ヤシマ作戦の下りから、シンジ、レイ、エヴァまで抜いたような内容。
『巨神兵東京に現わる』ともイメージは重なるが、ストーリーの大筋はDAICON版『帰ってきたウルトラマン』によく似ている。
 アリガチな恋愛や家族のドラマをほぼ完全にカットしてあるのが、大きな特徴。
既存のパターンで処理するなら、主人公・矢口に恋人など設定し、保育園や介護施設なんかで働く彼女の目線から「大学時代、夢を持っていたあなたが、出世し て変わってしまった」みたいなことを言わせ仲違いさせた後、ゴジラ襲撃で危機に陥った彼女を主人公が体を張って救う……とかいった分かり易い・古~いお話 が入っただろう。
関係ないが、ハリウッド2014版『GODZILLA』は、家族関係に時間を費やしながら、こんなドラマさえ描けてないのが不満。

 「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」というのがコピー文句だけど、ゴジラと戦ってるのは「会議」かと思うぐらい会議シーンだらけ。
誕生の経緯から行動・無敵さ加減まで無茶苦茶に勝手な「虚構」ゴジラに対し、個人プレーで事態を解決せずあくまで集団が意見や知恵を出し合いつつもどかしく前進していく「現実」民主主義日本の戦いか。
 しかし、こんなに優秀な政治家・官僚ばかりなら日本は安心。
総理大臣もダメダメに見えつつ苦悩は理解できるし、重い決断をしている。
 そして、自衛隊大活躍。
架空の便利な対ゴジラ兵器がないため、在り物を総動員し、知恵と勇気と有能さで立ち向かっていく姿、格好いい!
あんまりスポットは当たらなかったけれど警察も消防も頑張っており、危機に際してそれぞれの立場でベストを尽くす、日本の底力を見せてくれるようで嬉しい。

 米では、9.11以降、ビル崩壊の恐怖をスペクタクルシーンに用いることが多いけど、『シン・ゴジラ』は3.11以降を感じさせる。
 初代ゴジラが「戦争」を表しているなら、今回は「人智を越えた災害」かな。
原発事故への対処を思わせるところもあったし。
 現在を生きる者にとり、戦争はもう(幸いに)身近でもリアルでもない。
が、3.11以降(いや阪神大震災?もっと前から?)、大災害の恐怖と誰も他人事ではない損害の大きさ、復興の困難は、卑近な現実として感じられる。
被災する人間各個への目線が不足している、災害報道を見ているようなこの映画で、しっかり恐ろしさを実感できるのは日本人の共通認識となったこの経験のため、だろう。

 この映画の特異な形式から来る問題、庵野総監督の個性がもたらすアク、都合の良さ、色々と言いたくなるマイナス面はありつつ、でも今日、作られる「ゴジラ」として、十分すぎる出来。
 気になる人は是非、映画館で見て欲しい。

 で、次回作妄想。
 庵野 秀明は外れるのだろうから、樋口 真嗣だけで監督を?それはちょっと不安な……
 今回のフォーマットを踏襲して、個人のドラマに寄らない人間集団VSゴジラを描くなら、「野党の反対による作戦停滞」「無能な政治家・官僚による失策」 なんか入ってくるかも知れないが、余程上手く料理しないと「こんなの無い方が良い、ウザい、庵野がそういう要素を入れず作った理由、分かった」と言われそ う。
 そうでなく怪獣対決に移るなら、中国が収集したゴジラ細胞を培養・遺伝子操作して作った亜種怪獣チャイナ・ゴジラ、それと呼応するように日本海へ入るシン・ゴジラ、両者が尖閣諸島で激突「代理戦争、勝った怪獣の国の島になる」話とか。
あるいは韓国が作ったコリア・ゴジラと竹島で(以下略)不謹慎でしたすみませんでした。
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映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』

 衛星で放送された映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』を見る。
 園子温監督版。
監督の作品では、テレビシリーズ『みんな!エスパーだよ!』が恐るべき下品さと下らなさで好き。
映画は『地獄でなぜ悪い』を見て、つまらなくはないけど、そう言われても困る内容だなあ、と思ったぐらい。
 『リアル鬼ごっこ』は、話題になっていた頃、原作小説を読み、確かに日本語は酷いけど内容としては悪くもなく良くもなく、これがヒットを飛ばしたのは読者みんな何を求めて読んだのか考えたのを思い出す。
 これ以前に五本ある映画シリーズ、最初の一作だけテレビで見た。
もうあんまり覚えてないけど、テレビでなんとなく眺めるのに向く出来だったような。

 この映画。
 とにかくヒドい前評判を聞いていて、どれほどレベルの低い内容なのか、期待と不安で見た。
……あー、いや、そこまで悪くない。
 ストーリーらしいストーリーがなく、死体ドサドサのグロと意味ないパンチラが不愉快で、ラストも盛り上がらず訳分からん、という辺りが不満なのかな。
 山荘を訪れた人間達がCG効果なども無く次々消えるだけの『ロッジ LODGE』や、ヨハネの黙示録に書いてあったことが起こりましたよーってそんなこと言われても困っちゃう『リメイニング』『レフト・ビハインド(ニコラス・ケイジを出しながらやる気の無さが酷い)』なんか見てきた(物好きな)身としては、別に。

 映画のテーマとしては「物語性の否定」なんじゃなかろうか。
 単に訳の分からない話にしてあるだけだろう、ってコトでなく、バス旅行の車内・突然通う学校・結婚式・陸上競技、それぞれに全然違う「基本設定」が付けられてあり、キャラクター配置があって、「これはまあ、こういう物語として見続けられないことはない」ぐらいまで描かれたところで、ブツンと断絶。
 その契機となるカマイタチ的人間切断とか銃乱射教師にしても、「超自然現象」「妖怪の仕業」「幻覚」「既に起きた集団死亡事故に巻き込まれたヒロインが 死の直前に理由を探している」等々、何とでも発生する理由らしき物は付けられるはずだけど、故意にだろう、付けず放りっぱなしなのも、物語性否定を感じさ せる。
 ヒロインに向けられる「お前がいるからみんな死ぬ」という言葉。
ホラーやサスペンスは大体、主人公を殺すための物語な訳で、最終目標が無くなればこの映画のような便宜上用意されただけの物語が解体してしまうのは、当然。

 斎藤工の下り、分断された物語に一応の筋を通す方便としてアリガチながら機能しすぎていて、逆に違和感。
これも崩壊しちゃうから、否定されている物語の一環なんだろうけど、無い方がテーマは伝わりやすかったろうか。
 事件は終わり(無かったことになり)、平和な日常に戻るエピローグへ。
ここで突然自殺するヒロインの行動は確かに、「思いつかないこと(物語として有り得ないこと)をしろ」に沿っている。
終わったと見せて過ぎ去っていなかった脅威により主人公が殺されてエンド、というパターンは珍しくないけれど、自殺は……
 こうして不合理な脅威との「鬼ごっこ」を強制的に不合理に終わらせてしまったヒロイン。
分断された物語に唯一共通して設定されていた「ヒロインを殺す」という目的さえ喪失、もはや映画は映画としてのテイも成さなくなり、ただ真っ白な世界に居るヒロインが、自らの意思で(便宜上付けられた設定や脅威に寄らず)物語を形作るため、走り出していく。
 面白いかどうかは見る人しだいとして、何だかこんな感じのことを描いた映画だったんじゃなかろうか。
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映画『呪怨 -ザ・ファイナル-』

 衛星で放送された映画『呪怨 -ザ・ファイナル-』を見る。
 白い老女・黒い少女を除き、シリーズは全て既視聴。
最初の方のビデオ版、劇場版は非常に怖くて面白く、清水 崇監督作品のウチはまだ優れたイメージがあったけれど、その後は、それなりに儲かるから作り続けられているシリーズ。

 「ファイナル」と言いつつ、何が終わっている訳でもない今作。
お母ちゃんと白塗り息子の本拠地であった家が取り壊されてしまった、ここをして一種決着としている?
しかし、既にロケ地として元の印象強い家とは別の家屋が使われていたし、壊されたことでストーリーとして「呪いの連鎖は終わった」というポーズすら一瞬も取っておらず、意味が薄い。
 ホラー小ネタ集、という基本構成のこのシリーズ。
すっかりネタ切れを起こしてしまっており、お母ちゃん階段降りなんかは「必殺技」「歌舞伎の見栄」という理解で許しても、既にやった怖がらせネタをそのまんま工夫がないどころか雑な演出で見せられるのは悲しいばかり。

 頭を天井に突っ込まれる乱暴過ぎな殺され方とか、量産型俊雄ニャーに、ちょっと笑った。
 重病で残る命が短い少女は、「殺される」ことへの恐怖がないためか俊雄を怖がらない、というイメージは良かったかな。
あと、ドアの狭いポスト穴から部屋に侵入してくる、「貞子はスマホとかの画面から出てくる時はインチ数に合わせて小さくなるの?」というツッコミに答えるようなシーンも。
 で、次は『貞子VS伽椰子』。
手がけた中田 秀夫・清水 崇のどちらかに監督させてくれれば……でも正直、両監督とも近作は……
小林 靖子や虚淵玄に脚本書かせてみるとか、榎戸 洋司も面白そう、全員断りそうな上、この辺に依頼しようって思い切りは制作側に無かろうけど。
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映画『リメイニング』

 衛星で放送された映画『リメイニング』を見る。
 監督も主演も知らない人達。
なので、相当な低予算映画と思えば、CGやパニックシーンなど、それなりにお金が掛かった画面も見られる。
 主人公達若い衆の結婚式までは、登場人物の手持ち設定によるハンディカメラの映像として画面が作られ、『クローバーフィールド』的作品になるものかと。
途中からその映像手法を捨て、客観的カメラに変わってしまう(でも時々ハンディに戻ったりも)。
 世界中で多くの人達が突然死を遂げ、更に続く異常現象により生き残った人々にも死が迫る……聖書の黙示録が現実になったのだろうか?というお話。

 別に謎解きするストーリーじゃないのでネタバレするけど、「黙示録通りの終末がやってきたのだ」が真相であり、それ以上でも以下でもない。
 何しろ人知を遙かに超える事態のため、対策を立てたり抵抗・逃亡を図るなどまるっきり不可能。
それにしてもアメリカ人なら「取りあえず銃撃」ぐらいはしそうなものなのに、全く無抵抗なのは、思考の根源を成す宗教観から来る恐怖が相手だからか。
 字幕で「携挙(けいきょ)」などという馴染みのない単語を突然見せられ、戸惑う。
真に敬虔なクリスチャンのみが空中へ引き上げられ、神に会うこと……で良いのかな?
キリスト教徒にとっては待ち望んだ瞬間、じゃないんだろうか、劇中では魂だけが召されるせいか「恐ろしい形相で突然死する」だけにしか見えないが。
 携挙後、人間を襲う黙示録の怪物達は、「信仰」に引き寄せられてくる、というのが面白い。
通常、信仰は魔物を遠ざける力になるはずだろうが、相手が神では通用しない、どころか魂を召し上げる恩寵を与えようと殺しに来てしまう。

 映画は、大した盛り上がりもなくキャラがバタバタ死ぬばかりでアッサリ終わってしまうため、出来が良いと言える内容じゃない。
 しかし、このラストは救いのないバッドエンドかハッピーエンドか、アメリカ人はどう思ったんだろう、気になる。
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映画『超強台風』

 衛星で放送された中国映画『超強台風』を見る。
 タイトル通り、強力な台風が中国の一部を襲うディザスター・ムービー。
沿岸部都市の市長を中心に、対策チームや市民が台風災害に立ち向かっていく。

 中国国内ではどういう風に見られたんだろうか……日本から見ると、コメディーというよりギャグ、バカ映画。
暑苦しいスーパー市長が大活躍するヒーロー・ムービー、と表現した方が近いか。
 進路を変え続ける台風に対し、「最終的には自分達の市を襲うに違いない」「より勢力を増して大被害となるはず」と劇中で考えるんだけど、その根拠が、市長の恩師の言葉だけだったりするため、なんでそんなに信じられるのか不思議。
 経済的損失も度外視して人命を救おうとする市長、現場に赴いて漁民を直接説得したり、法律を無視した命令を出したり、サメをブン殴ったり、大活躍にも程がある(笑)。
演説する市長のバックで大波が弾けるシーンなど、格好良すぎて大笑い。
 「数十万の命も一人の命も同じく大切だ」とかいう、日本じゃさすがに真顔で言える人の居ないセリフが凄い。
人民のため、自らの命を省みず行動する人民解放軍の格好良さもステキ。
 若干こうプロパガンダというか、中国共産党万歳!検閲余裕で通過といったカラーが濃すぎて困りながら、その辺も日本人としては「列車埋めたり爆発跡地を慌てて公園にしようとしながら?」と突っ込みつつ、馬鹿ギャグと受け取れば笑える。
 飛び出す犬、飛び込むサメは、意図的なのかなあ、声出して大笑いしてしまったけど。

 この映画は特撮がなかなか、いやCGじゃなくて今時ミニチュア特撮。
 中国のミニチュアワークなんて……と侮ってみればこれが意外、難しい水を用いた特撮など、現在世界最高の技術じゃなかろうか。
往年の円谷特撮好きには、ここだけで見る価値がある。
 大波に押されて車が流され、漁船が街路にまで入り込んでくるシーンは、東日本大震災の映像を参考にしたものだろう。
昔なら「車に重みがない、いくら水に押されたってあんなに易々と流されるはずない」と文句言ったと思う、しかし現実の被災映像でも車は「ミニチュアのように」軽く流されており、リアル。
 特撮への人間の合成も上手いものなんだけど、構図やアクションが無理無理だったりで笑わせられたり、まあこの映画らしい。
 暇つぶしに、笑いながらミニチュア特撮の「味」を楽しむには向いた作品。
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