オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

映画『キャビン・フィーバー リブート』

 衛星で放送された映画『キャビン・フィーバー リブート』を見る。
 『ホステル』のイーライ・ロスが監督した2003年映画(未見)を、自身の製作総指揮でリメイクした作品。
 タイトルの通り山奥のキャビンが舞台となり、そこに遊びに来た若い男女グループが病原菌の感染とか地元の野郎共によって酷い目に遭う、グロホラーバカ映画。

 メインになる男女五人が、とにかく考え無しで人らしい心に欠けており、とてもじゃないが感情移入は無理。
銃の試し撃ちでうっかり他人を撃っちゃう、助けを求めるその相手を気味悪がって閉め出し、病原菌にやられた女友達をアッサリ離れに隔離放置、皆を見捨てて自分だけ助かろうとする勝手な行動続々、いや酷いヒドイ。
 なので、彼ら彼女らが死んでも「まあ因果応報」としか。
 死に様……手足だけ残して野犬に喰われちゃうのは、悲劇というかギャグっぽい。
 病原菌の進行に苦しみ、「殺して楽にして」という女性に応え、男が、弾の出なくなった銃に換えてシャベルで首を落とそうとするのも何だけど、一撃では致命傷を与えられず、早くトドメをと求める女性に「もうこれ以上キミを直接苦しませることは出来ない!」とばかり、彼女に油を掛けて火を付け、上がる絶叫を後にして立ち去る男の限界を超えたヒドさには、ちょっと笑ってしまう。
 意味ありげだけど実は考えてなさそうなラスト。
今後のパンデミックを示唆する、オリジナルがそうだったらしい終わり方で良かったような。
 キワモノ好き暇人だけが見る映画。
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映画『ミッドナイト・スペシャル』

 衛星で放送された映画『ミッドナイト・スペシャル』を見る。
 SFの秀作、という売り文句に期待していたが、うーん、ネタバレ……『E.T.』というか『未知との遭遇』『スターマン』『ウィッチマウンテン』『ノウイング』等々、余りにもありふれた「約束の地点まで辿り着け」パターン。
さして特異な部分も無く、よくあるヤツね、としか言い様がない。
 唯一の女性キャラとしてキルスティン・ダンストが出演。
当時33歳ぐらい?のはずだけど、何だか50歳ぐらいに見えて、老けたなあと感慨。
 アダム・ドライバーとかサム・シェパード(遺作?)も、大した役柄ではないが姿を見せており、ちょっと嬉しい。
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映画『のぞきめ』『劇場霊』

 衛星で鑑賞、両作とも元AKB女性が主演のホラー映画。
 元AKBのタレントはよくホラーに出てるなあ、前田敦子『クロユリ団地』とか大島優子『テケテケ』等々。
プロデューサーの秋元 康が『着信アリ』を原作しているし、AKBがずらっと出演した『伝染歌』も手がけている繋がりから?(『クロユリ団地』『劇場霊』の企画も秋元)
 ホラーは、割合低予算で撮れる上、役者にさして演技力を求めないので、アイドルが主演するに向いているジャンル。

『のぞきめ』
 顔立ちやら雰囲気が好きな、板野 友美主演。
演技はまあ、これぐらいで良いでしょうと思うんだけど、「うぉぉー」という変な叫び声と、下積みADでありながら重いモノ持てそうにないぐらい長い爪してるのは、少し気になった。
泥だらけになるシーンは驚いたなあ、意外な役者根性(これぐらいで褒めるのもどうか)。
 『呪怨』『回路』のように、隙間へとガムテープを貼りまくり埋め尽くす異常な行動など、もっと怖くなりそうなイメージがありながら、最後まで見てもサッパリ怖くならなかった。

『劇場霊』
 島崎 遥香主演。
 というより、『リング』『仄暗い水の底から』の中田 秀夫監督作品、ということで見た今作。
うう~~ん……『クロユリ団地』『MONSTERZ モンスターズ』など近作はダメダメなモノばかりだから今更驚かないけど、これはヒドイ。
 「恐怖から逃れられないヒロイン」がホラー設定の大前提だろうに、人形の怪異が襲う舞台演劇からは途中で降板させられており、その後は「元は友達だったけど酷いことを自分に言った女性、その彼女が危ないかも知れないので、真相を探ってみたり頼まれもしないのに舞台公演を妨害してみたり」といった、まるっきり他人事としての事件への関わり方。
 最重要キャラクターである人形が、「あれは幻だったのだろうか?」なんて疑問を差し挟む余地の無い殺人鬼キャラとしてドタドタ歩き回るのに、爆笑。
仮面ライダーの怪人か、いいとこ宇宙から来た怪生物扱い。
ライダーキックで倒せそう、実際、もっと芸の無いやっつけ方してしまうし。
 元になっている『女優霊』には、優れたイメージの恐怖シーンがいくつもあり、当時「日本で一番ホラーが分かっている監督だ」と思ったものなのに、今や「日本でも有数のホラーを撮らせちゃイケナイ監督」だと言わざるを得ず、残念。
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『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』

 劇場で『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』を見る。
 「スター・ウォーズ」サーガ初のスピンオフ映画……『イウォーク・アドベンチャー』『エンドア』なんかは元テレビスペシャルだし、数に入れないんだろう。
 相当に評価が高いようなので、期待して見た。
 うーん、ハードルを上げすぎていたせいなのか、結構アラが見えてしまって乗り切れず。
「つまらなかった」というわけではないし、『スター・ウォーズ』ってアラの部分まで含めて、基本こういうものではないか、という気もするけど。
 以下ネタバレ、映画のストーリーに触れていますので未見の方はご注意。


 ヒロインに余計な設定を沢山付けた効果は、疑問。
母親を殺され、父親は帝国軍に連れ去られた、というだけでもう十分だと思う。
過激派反乱軍の首謀者で笑福亭鶴瓶似のゲレラに救われ、なんだか作戦中に見捨てられる形で袂を分かった後は非合法なことなどして生きていたらしい(セリフで語られるのみ)が、帝国軍に捕まったところを救い出してくれた反乱軍に、ゲレラとの仲立ちを求められるも、久々に再会して誤解を解いた?ゲレラはデス・スターからの攻撃によりアッサリと死亡してしまう。
彼の片腕として組織内でずっと普通に活躍していた、あるいはゲレラ自体を出さず、孤児として非合法なことにも手を染めながら必死で生き抜いてきた、という風にしたほうが設定はスッキリしたような。
 殺害された母親が、ジンに余り影響を与えていないよう見せるのも不満……ギャレス監督では『GODZILLA』で悲惨な死を遂げる主人公両親も、構成上あまり上手く役割を果たせていなかったが。
 ヒロイン設定を紹介するためだけに、前半はかなりゴチャゴチャとした、あまり面白くない話を見せられることになってしまうし。

 ジン父が作ったデススターの弱点。
しかし『4』を見る限り、攻撃隊に偶然にもフォースを備えたルークがいなければ、排気口への攻撃は失敗していただろうと思え、もうちょっと攻略への敷居を低く作ってあげるべきだったのでは。
『銀河英雄伝説』イゼルローン要塞にヤンが仕掛けたみたく、パスワードにより一気に無力化するとか。
…まあ、それじゃ『4』クライマックスが盛り上がらないことおびただしいが。
 『スター・ウォーズ』の世界は、ワープ航法や重力制御など、ものすごく進んだ技術がある反面、デジタル方面は驚くほど遅れており、戦闘照準システムなんて、せいぜいファミコンの画面並み。
なので、ハッキングとかプログラムをいじってどうこう、なんて発想そのものが出てこないのかな。
 この映画を現代風に作るなら、太ったハッカーが登場し、なんだかママに叱られつつ自宅からスカリフのデータバンクに侵入しようとする、地味な内容になってしまうかも。
まあそれはそれで、『ダイ・ハード4.0』みたいな作りにするという手はあるが。

 トルーパーの標準装備に暗視ゴーグルとかあるのかもしれないけど、それでも、帝国軍施設に突入するなら昼より夜の方がマシだと思う。
しかしギャレス監督は、夜というと本当に誰が誰だか分からないぐらい真っ暗に撮ってしまうので、昼間なのは見やすくて良かった、ってのも事実。
 スカリフ攻略戦、ローグ・ワンは汚い仕事も請け負ってきた歴戦の勇士達で構成されているんだから、もうちょっと作戦を考えればいいのに。
といっても、ジェダイだって考え無しに「バンザイ突撃」してドロイドにバタバタやられてたし、この世界にしては凝った方か。
 反乱軍の善戦は嬉しいものの、『5』の雪原であんなに苦戦したAT-ATがXウィングには簡単に破壊されたり、スターデストロイヤーが小型艇ごとき(そういう役割に特化した船なんだろうが)に押されるし脆過ぎるのは、ちょっと引っかかる。
いやスター・デストロイヤーは、シリーズ通して図体だけで役立たず気味かな。
 超絶剣士のキャラクターは面白かった。
自分の寺院が銀河帝国軍にとり潰されたとはいえ、あんなに命をかけてまで攻撃に参加する理由は、ちょっと分からないけど。
ジェダイに憧れ、ジェダイとして生きたいと願っている彼にとって、対・帝国軍戦への参加は必然か。
 ジン父に感化された……んだっけ?帝国軍パイロットが裏切る理由も弱い。
しかし『7』フィンも唐突に離反してるからなあ、帝国軍は隙があったら裏切りたいと誰でも思うブラック軍隊なんだろうと思うしか。

 文句を言いつつ、地上と宇宙でまさに「スター・ウォーズ」な戦いが繰り広げられる所は、見応えがあった。
アクバー提督に似た宇宙人が艦隊の指揮をとるなど、『6』へのつながりも意識させられたし。
 シニカルなK-2は好き。
最期の勇姿が泣ける。
 フォースを駆使し、超絶の強さを見せつけるダース・ベイダーが恐ろしくも格好いい。
ゲーム『バトルフロント』のデモにはそういうシーンもあるが、実写で見られたのは嬉しい限り。
 面白いところも好きなシーンもあって、駄作などではないけれど、傑作と呼ぶのはちょっと躊躇われる、監督の『GODZILLA』『モンスターズ』と同様評価の作品。
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『台風のノルダ』

 今更、テレビ放送されたものを視聴。
 作画はキレイで頑張っていたと思うけれど、それ以上、特に得るものが無い。
 主人公であろう男の子が抱える葛藤は弱く、ノルダはその事情も内面も描き方が薄くヒロインとして不足。
SF的に大変な事態が起きていたんだろうと思いつつ、イメージだけで詳細は不明、しかもラストで事件が根本的に解決したのかどうかも分からない。
近づく台風、学校内に閉じ込められることによる不安や高揚感……だけでも感じられれば良かったが、それにはSF要素が邪魔。

 何を描きたいのか、「ここだけでも面白いと思って欲しい」という絞り込みが出来ていないアニメ。
26分の短編では、絶対必要だったのに。
 メインキャラの声に、声優初挑戦?の役者を登用したのは、何故だろう。
こう言っては何だけどジブリ作品のように「画面に十分な説得力があるので過剰な演技は必要ない」、と言えるまでの映像クオリティーではなく、その名前で興業に影響を与えるほど客を呼べる役者さんだとも思えない。
 演技に問題のあるテイクでもそのまま通して使ったのでは?と感じられるカットがあったり、制作者の「妥協」がにじんでいて、残念。
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映画『テケテケ』『テケテケ2』

 衛星で放送された映画『テケテケ』『テケテケ2』を見る。
 『ノロイ』が面白く、『ある優しき殺人者の記録』の馬鹿パワフルさも楽しくは見たけれど異常者の行動動機を肯定するような内容に複雑な鑑賞後感を残し、未見ながら評判の良い『貞子vs伽椰子』を手がけた、白石 晃士監督作品。
 テケテケって、映画『学校の怪談』に登場したサルみたいなオモシロ姿しか印象になかったが、「上半身だけ・腕の力のみで追いかけてくる人間型妖怪…幽霊」という設定なのね。
この造形が作品の見所になるはず、でも、何しろ低予算映画なので、安っぽいというか何だかよく分からない。
 駆け寄ってきて、ターゲット女性をスパッと真っ二つにする芸風しかないせいか、怖さの演出も弱い。

 最初の映画、主演が大島優子だということに驚く。
こんなホラーに出てたんだなあ、いやその前に『伝染歌』なんて秋元康原作の駄作ホラー(耐えきれず途中までしか見てない)に出演してたか。
 少女達が襲われる理由付けは弱く、かといって理不尽な目に遭う恐怖を目指している訳でもない、中途半端なストーリー。
『2』の方で描かれた、陰湿な学校イジメの方がよっぽどコワイ。
 テケテケの設定を物語の必要に応じてフラフラ変えてしまう適当さに、笑う。
 見るのがイヤになるようなダルさや不快感はないので、なんとなく流して見るには向くだろうか。
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映画『シン・ゴジラ』

 映画『シン・ゴジラ』を見る。
 総監督・庵野 秀明、監督・樋口 真嗣による、久々…12年ぶりの新作ゴジラ。
うーん…だった『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』、これは遠慮なく駄作の『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』と、両氏の前作に疑問符が付いており、つまらなかったら文句言ってやろうと思っての鑑賞。

 面白い。
これまでの「ゴジラ」とは大きく違っているため、評価の基準によっては厳しくなってしまうこともあろうが、子供だましでなく大人向けに、手を抜かず全力で、最後までしっかり作られている映画。
 『エヴァンゲリオン』ヤシマ作戦の下りから、シンジ、レイ、エヴァまで抜いたような内容。
『巨神兵東京に現わる』ともイメージは重なるが、ストーリーの大筋はDAICON版『帰ってきたウルトラマン』によく似ている。
 アリガチな恋愛や家族のドラマをほぼ完全にカットしてあるのが、大きな特徴。
既存のパターンで処理するなら、主人公・矢口に恋人など設定し、保育園や介護施設なんかで働く彼女の目線から「大学時代、夢を持っていたあなたが、出世し て変わってしまった」みたいなことを言わせ仲違いさせた後、ゴジラ襲撃で危機に陥った彼女を主人公が体を張って救う……とかいった分かり易い・古~いお話 が入っただろう。
関係ないが、ハリウッド2014版『GODZILLA』は、家族関係に時間を費やしながら、こんなドラマさえ描けてないのが不満。

 「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」というのがコピー文句だけど、ゴジラと戦ってるのは「会議」かと思うぐらい会議シーンだらけ。
誕生の経緯から行動・無敵さ加減まで無茶苦茶に勝手な「虚構」ゴジラに対し、個人プレーで事態を解決せずあくまで集団が意見や知恵を出し合いつつもどかしく前進していく「現実」民主主義日本の戦いか。
 しかし、こんなに優秀な政治家・官僚ばかりなら日本は安心。
総理大臣もダメダメに見えつつ苦悩は理解できるし、重い決断をしている。
 そして、自衛隊大活躍。
架空の便利な対ゴジラ兵器がないため、在り物を総動員し、知恵と勇気と有能さで立ち向かっていく姿、格好いい!
あんまりスポットは当たらなかったけれど警察も消防も頑張っており、危機に際してそれぞれの立場でベストを尽くす、日本の底力を見せてくれるようで嬉しい。

 米では、9.11以降、ビル崩壊の恐怖をスペクタクルシーンに用いることが多いけど、『シン・ゴジラ』は3.11以降を感じさせる。
 初代ゴジラが「戦争」を表しているなら、今回は「人智を越えた災害」かな。
原発事故への対処を思わせるところもあったし。
 現在を生きる者にとり、戦争はもう(幸いに)身近でもリアルでもない。
が、3.11以降(いや阪神大震災?もっと前から?)、大災害の恐怖と誰も他人事ではない損害の大きさ、復興の困難は、卑近な現実として感じられる。
被災する人間各個への目線が不足している、災害報道を見ているようなこの映画で、しっかり恐ろしさを実感できるのは日本人の共通認識となったこの経験のため、だろう。

 この映画の特異な形式から来る問題、庵野総監督の個性がもたらすアク、都合の良さ、色々と言いたくなるマイナス面はありつつ、でも今日、作られる「ゴジラ」として、十分すぎる出来。
 気になる人は是非、映画館で見て欲しい。

 で、次回作妄想。
 庵野 秀明は外れるのだろうから、樋口 真嗣だけで監督を?それはちょっと不安な……
 今回のフォーマットを踏襲して、個人のドラマに寄らない人間集団VSゴジラを描くなら、「野党の反対による作戦停滞」「無能な政治家・官僚による失策」 なんか入ってくるかも知れないが、余程上手く料理しないと「こんなの無い方が良い、ウザい、庵野がそういう要素を入れず作った理由、分かった」と言われそ う。
 そうでなく怪獣対決に移るなら、中国が収集したゴジラ細胞を培養・遺伝子操作して作った亜種怪獣チャイナ・ゴジラ、それと呼応するように日本海へ入るシン・ゴジラ、両者が尖閣諸島で激突「代理戦争、勝った怪獣の国の島になる」話とか。
あるいは韓国が作ったコリア・ゴジラと竹島で(以下略)不謹慎でしたすみませんでした。
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映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』

 衛星で放送された映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』を見る。
 園子温監督版。
監督の作品では、テレビシリーズ『みんな!エスパーだよ!』が恐るべき下品さと下らなさで好き。
映画は『地獄でなぜ悪い』を見て、つまらなくはないけど、そう言われても困る内容だなあ、と思ったぐらい。
 『リアル鬼ごっこ』は、話題になっていた頃、原作小説を読み、確かに日本語は酷いけど内容としては悪くもなく良くもなく、これがヒットを飛ばしたのは読者みんな何を求めて読んだのか考えたのを思い出す。
 これ以前に五本ある映画シリーズ、最初の一作だけテレビで見た。
もうあんまり覚えてないけど、テレビでなんとなく眺めるのに向く出来だったような。

 この映画。
 とにかくヒドい前評判を聞いていて、どれほどレベルの低い内容なのか、期待と不安で見た。
……あー、いや、そこまで悪くない。
 ストーリーらしいストーリーがなく、死体ドサドサのグロと意味ないパンチラが不愉快で、ラストも盛り上がらず訳分からん、という辺りが不満なのかな。
 山荘を訪れた人間達がCG効果なども無く次々消えるだけの『ロッジ LODGE』や、ヨハネの黙示録に書いてあったことが起こりましたよーってそんなこと言われても困っちゃう『リメイニング』『レフト・ビハインド(ニコラス・ケイジを出しながらやる気の無さが酷い)』なんか見てきた(物好きな)身としては、別に。

 映画のテーマとしては「物語性の否定」なんじゃなかろうか。
 単に訳の分からない話にしてあるだけだろう、ってコトでなく、バス旅行の車内・突然通う学校・結婚式・陸上競技、それぞれに全然違う「基本設定」が付けられてあり、キャラクター配置があって、「これはまあ、こういう物語として見続けられないことはない」ぐらいまで描かれたところで、ブツンと断絶。
 その契機となるカマイタチ的人間切断とか銃乱射教師にしても、「超自然現象」「妖怪の仕業」「幻覚」「既に起きた集団死亡事故に巻き込まれたヒロインが 死の直前に理由を探している」等々、何とでも発生する理由らしき物は付けられるはずだけど、故意にだろう、付けず放りっぱなしなのも、物語性否定を感じさ せる。
 ヒロインに向けられる「お前がいるからみんな死ぬ」という言葉。
ホラーやサスペンスは大体、主人公を殺すための物語な訳で、最終目標が無くなればこの映画のような便宜上用意されただけの物語が解体してしまうのは、当然。

 斎藤工の下り、分断された物語に一応の筋を通す方便としてアリガチながら機能しすぎていて、逆に違和感。
これも崩壊しちゃうから、否定されている物語の一環なんだろうけど、無い方がテーマは伝わりやすかったろうか。
 事件は終わり(無かったことになり)、平和な日常に戻るエピローグへ。
ここで突然自殺するヒロインの行動は確かに、「思いつかないこと(物語として有り得ないこと)をしろ」に沿っている。
終わったと見せて過ぎ去っていなかった脅威により主人公が殺されてエンド、というパターンは珍しくないけれど、自殺は……
 こうして不合理な脅威との「鬼ごっこ」を強制的に不合理に終わらせてしまったヒロイン。
分断された物語に唯一共通して設定されていた「ヒロインを殺す」という目的さえ喪失、もはや映画は映画としてのテイも成さなくなり、ただ真っ白な世界に居るヒロインが、自らの意思で(便宜上付けられた設定や脅威に寄らず)物語を形作るため、走り出していく。
 面白いかどうかは見る人しだいとして、何だかこんな感じのことを描いた映画だったんじゃなかろうか。
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