オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

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『ワールド・デストラクション ~世界撲滅の六人~』最終13話.「未来には二通りある」

 デストラクト・コードの本体は、キリエだった。
…という衝撃の真実が明らかになる話だったけど、うーん、一応 伏線もあったし、まるで納得できない訳ではないにせよ唐突に思え、「そう言われてもなあ」感が強い。
 世界のリセットスイッチとなったキリエと、これまでの のほほんとしたキリエは、発動を迎えてどのような同居具合だったのか。
 コードが発動しかけたぐらいで慌てて止めてしまうモルテの、不徹底さ。
旅を通して見てきた世界の光景と、キリエへの気持ちが そうさせたのだろう、とは思うけど。
 そもそも、「誰か一人が強く願ったら世界まるごと やり直しにしちゃえ」と考える「神様」は、乱暴というかデタラメに過ぎないか。

 不思議や不満はあるけど…
このアニメにデストラクト・コードが占める割合は、実際の所、余り大きくなかったと思える。
 キリエとモルテとクマが見せるドタバタの珍道中こそが楽しかったのだし、もっと先まで見たかった要因で、「コードの正体に迫る」話には、さほど興味を持てず。
作り手側も、これについては「旅を続けさせ、ストーリーをまとめる小道具(原作ゲームへの義理?)」という以上には、重要視していなかったかと。
 コードの存在を消去し、獣人の圧政に苦しむ人々を救うべく(あるいは成り行きで指名手配されたため逃避行の)旅を続けるデコボコ三人組の お話として語っても、このぐらいな内容の物は出来るだろう。

 キャラクターとしては、取りわけ、クマのくせにクマと呼ばれるのを嫌がり、可愛いが凶悪な戦闘力を持ち、古谷 徹の声で喋る、アンバランスな魅力に満ちたトッピーの造形が、素晴らしく良かった。
 重い過去を抱える無敵戦闘娘・モルテも、大抵は役に立たないキリエも、それなりに上手く描けていたと思う。
 世界救済委員会の二人組は、もっと魅力を付加できたろうと思えて、残念。
リ・アなんか人気取れそうなキャラなのに。

 物足りなさまで含め、B級作品の味わいがある、気負わず楽に見られるアニメだった。
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映画『ソウ4』

 WOWOWで放送された映画『ソウ4』を見る。
 監督は、シリーズの『2』以降を手掛けているダーレン・リン・バウズマン。
 リー・ワネルが脚本から離れたからなのかどうなのか、ザンコクというよりグロ・悪趣味な所ばかりやたらパワーアップした、サスペンス・ホラー・シリーズ最新作。

 ここまでの作品は全部見ており、痛い描写や気持ちの悪いシーンに「うわっ」となった事はあるけど、それはストーリー上の必要が(いくらかは)あったからで、さすがに今作冒頭のような、ただ単に死体を切り刻むだけで面白くもないグロシーンを延々と見せた事は無かったような。
 衝撃的な描写とストーリーにより、これまでのホラーと一線を画した一作目は素晴らしかったけれど、もう物語としてのショッキングさを維持するアイディアもパワーも無くなっており、痛々しい画面だけで何とか もたせようという必死さを強く感じてしまう。

 とはいえ、手足をスパスパーッと気持ち良く切り落としていく悪辣な仕掛けとか、『3』と絡めて意外性を演出しようという工夫(そのため、この映画単体で見ても意味が分からない)など、そこいらのダメホラーに比べればまだまだ頑張っており、見ていられないレベルに落ちた訳ではないが…
 『3』で終わった方が、形としてはキレイだったろう。
 …と文句を言いつつ、今年暮れ公開となる『5』も、レンタルか放送待ちでは見てしまうんだろうな。
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『鉄腕バーディーDECODE』12.「DOOMS DAY」最終13話.「Stand by Me」

 12話。
 リュンカの発動により、東京を大惨事が襲う。
 最終話を控えた物語の盛り上げ方が素晴らしく上手く、驚くぐらい呆気なく塊となり崩れて死んでしまう(本人も自分がどうなったのか気付かないままの最期だったろう)シャマランから始まり、あるべき所に人の姿がなくカラッポの服だけが残る、街の異様な姿を見せて「恐ろしい事態が進行中」と感じさせる演出に、トリハダ。
 そこに、連邦の超兵器による攻撃が。
敵のバリヤーで弾かれたとはいえ、まだ無事だった人々が その爆発に巻き込まれて命を落とし、しかし連邦はそれら被害を気にする様子などなく、より強力で人類にとっては致命的な次の一撃の発射を決定する。
 この辺りもゾワゾワする恐ろしさで破滅のカタルシスに満ち、魂をグワッと掴まれてしまう。

 既に亡いシャマランの「神」を気取るような放送と、並行して描かれるカタストロフ。
 残った最後の希望・バーディーと、小夜香を助けようと走り出す つとむ。
 とにかく見る側の気持ちを高揚させてくれる上手い演出が連続し、平均してレベルが高いこのアニメの中でも屈指の名エピソードだなあ、と思えば、絵コンテは『カウボーイビバップ』の渡辺信一郎。
ああ、納得。

 最終話。
 小夜香を救う ただ一つの方法。
リュンカを自分の中に受け入れる…それを躊躇いなく実行する つとむ。
 楽しい思い出のデートで、初めて交わしたキスと重なるシーンの作り方に、またトリハダ。
 無敵の力を持たない、「人間」である自分の勇気と愛情を力に換え、行動する つとむの姿に、バーディーと彼を別れさせた意味を強く感じる。
 バーディーの一撃による つとむの悲惨な死と、共生による復活。
最初の切っ掛けとなった事件を繰り返す、納得の展開。
 実に、巧い。

 このアニメは、つとむと小夜香、二人による小さな恋の誕生から悲劇の幕切れまでを描くもの…と思ってきたけれど、意外にもコミカルに、ちょっと切なくも心救われるエンディングを迎えた。
それはそれで、素晴らしく、良し。
 リュンカが存在しなければ、そもそも無かったはずの恋。
つとむは、リュンカに感謝すべきか、呪うべきか。

 リュンカを受け入れる際見せた、つとむ一世一代の告白には、もうちょっと軽いアニメなら異形生物といえど心動かされていたかも。
 バーディーと共生する つとむと、リュンカと共にある小夜香。
このままで、良いカップルになれた可能性があるんだけど。
「リュンカも小夜香も争って表面に昇ってこようとし、つとむを奪い合う」
「バーディーは、まだリュンカを危険視して警戒」
「つとむ=バーディーの危機には、リュンカが『私のカレに何するのよ!』と戦闘参入」
…って感じの「萌え」度合いが強いアニメにも出来たのでは。
 それで面白いかどうかはともかく。

 本当は、つとむを好きだったのは小夜香でなく、最初からリュンカ(その一部?)だったのかも。
つとむのような「二人が一つの体に共生型」じゃなくて、彼女が『ウルトラマン』ハヤタのような形なら(いや、ハヤタは記憶を失わされただけか)。
 破壊を望んだリュンカだが、初めて自分を受け容れてくれると言ったつとむに惹かれ、危険は分かりつつも彼の方に移っていった…と考えると、もう一つ悲劇の物語があったような…いや、大分 強引な解釈(^_^;)。

 「リュンカ事件」は終わったけれど、まだ地球の脅威は去った訳でなく、バーディーも残ったのだから、当然 続編が考えられる終わり方だと思う。
 唯一引っ掛かるのは、「バーディーがアイドルをやっているという設定は余り意味がなかったなあ」ぐらいの、面白い作品だったので、同じスタッフが手掛けてくれるのなら、この続きを是非 見てみたい。
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『コードギアス 反逆のルルーシュR2』最終25話.「Re;」

 この物語を終わらすのには、いくつもパターンが考えられたと思うけど、その中で、最も良い・見る者が納得できる終わり方ではなかったろうか。
 スザクが爆死したと見えても、例えばカレンやC.C.が本編中で死んだとしても、そこで作品が終わるという気はまるでしないけれど、ルルーシュの命が失われた途端、「この後はもうエピローグだ」と感じられたのは、やはりこのアニメが彼の生き様を描く事をこそ、テーマにしていたから。

 ルルーシュは、頭が良いようで抜けていて、冷血だが情に脆く、目的のためなら手段を選ばない部分を持ちつつ常に迷い続ける、大きさと小ささと、嫌われても仕方ない汚さと憎めない愛嬌を併せ持つ、矛盾に満ちたキャラ。
 この作品は、そういう彼の人生を描いたものなので、「他のキャラの扱いがナイガシロ」とか「結構 描き残した部分がないか?」とか言っても仕方ない…んだろう。

 ルルーシュが死んで平和が来るのか、という所など、凄く疑問。
 生きて善政を敷き、世界を自ら良い方向に導けばいいのに。
悪逆非道な独裁者として人々の憎しみを集めるにしても、もっと長く(そこそこ長い?)その地位に就いてムチャしないと、市民から平和を強く求める気持ちが出てこないような。
 父皇帝のようになりたくなかったのだろうし、長期に渡り意図的に最悪の存在としてあり続けるのも、それはそれで大変だろうけど。

 のうのうとルルーシュが生き残ってしまうラストも見てみたかった気はするが、本当にやったら さすがに非難ゴウゴウだろうな。
 生存を許される分岐点など とうの昔に越えており、物語のオトシマエをつけるには、命をもってする他にない。
 出来る事はやり終えて、未来を託すスザクの心をギアスを使わずに縛り・彼も進んでそれを受け、妹が望む世界を確保する。
実に綺麗な幕切れだったと思う。
 兄の本心を知ったナナリーの、歪む表情と、魂を振り絞るような号泣の演技が素晴らしく、ちょっとホロリ。

 ちゃっかり生き残りヨメと子供まで得た上、日本代表みたいな顔をしている(事実?)扇が可笑しい。
 アーニャとオレンジ農園を営むジェレミア…こんな幸せそうな「その後」が見られるキャラだとは思わなかった。
 シュナイゼルはどうしたんだろ。
ギアスは、かけた主の命が消えても有効?
父皇帝が消えてもナナリーの目が開かれなかった事からすると、一度かけたギアスは解除されるまでずっと機能し続けるのかな。

 不平も不満も不可解もあるけど、見終えた気分は不思議と爽やか。
ルルーシュが遂げたのが、「志半ばでの無念な死」ではなかったから。
 彼が満足して死んだなら、それで全て良かろう、と思える、そのぐらいルルーシュが中心の作品だったんだなあ。

 苦しい部分もありつつ、常に次回を楽しみに待たせてくれる、パワーに満ちたアニメだった。
「この先」はもう無いのが、寂しい。
 いや、劇場版という話も?
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映画『アレックス・ライダー』

 WOWOWで放送された映画『アレックス・ライダー』を見る。
 監督は知らない人、主演も無名の新人。
 少年が主人公になった、ジュブナイル版『007』。
『スパイキッズ』よりは、秘密情報部員っぽいかな。

 『007』を終始強く意識して作ってあり、主人公の叔父役で出てくるユアン・マクレガーが秘密兵器を駆使したアクションを見せる場面など、そのまま。
彼は本家のジェームズ・ボンド役にもノミネートされており、イメージの固定を嫌って断った、とか聞いたけど、コレには出て良いんだ。
 短い時間で、ポンポンと話が進んでいくので、退屈せず最後まで見られる。
 アクションの撮り方には凝った部分もあり、特に主人公がロープを使って見事な戦闘術を見せるシーンなど、面白い。
 全く表情を変えない神経質そうな上司とか、少年と一緒に暮らす美人の家政婦さんなど、脇のキャラも…ちょっとしか描かれないけれど、楽しい。

 以下、内容に触れる部分があるので、未見の方は御注意。

 ジュブナイルだから多少子供っぽいのは構わないと思うけど、さすがに悪のボスが犯行を企てる大元の動機が「遙か昔イジメられたのを数十年経っても根に持っていて仕返し」というのは、どうだろ(社会的問題に重ねてはいるが)。
いや、『007』だってそういう部分はないでもないんだけど、もうちょっと ぼやかした方が…
 恐るべき犯罪計画にしても、ショッカーの「少しは費やす時間とか費用対効果を考えたらどう?」作戦みたいなもので、余りにも非効率・非現実的。
これもまあ、本家にもある要素か。

 主人公の少年が、普通の生活からスパイになる際、驚くぐらいキッパリ割り切ってしまうのに違和感。
これなら、別に本職のスパイを主人公に据えても問題なく。
 躊躇い・恐怖・学校生活との板挟み・それらを抑えて湧き上がる敵への怒り、そういった部分を描かないのは、勿体ない。
 ラストも、続編を考えているのだろうが、自身の手で全てを解決した訳でなく少々引っ掛かる終わり方。

 全体に、悪くはない、でも劇場に足を運ぶほどの映画ではなく、テレビで放送されたら見る、ぐらいで丁度良い内容。
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『マクロスFRONTIER』最終25話.「アナタノオト」

 物足りない部分はアリ。
 アルトが生きていたのは、まあ殺す訳もないのだし良いとして(それならミハエルも生きていて構わなかったろう)。
 大事件として引いてきたはずの大統領暗殺犯・レオンの始末が、酷くアッサリ。
現大統領(代理?)であり、しかも敗色の濃い戦闘の只中という極限状態にあるのに、クオーターからの言葉を受け、彼に銃口を突きつけたり出来るものだろうか。

 バジュラの事を、以前は「グレイス(含む科学者達)により作られた人工生命」だと考えていたけど、自然発生した「そういう生き物」なのね。
 集合体としてある彼らはともかく、多大な被害を受けた人類側は、彼らを受け入れられるのだろうか。
…かつて人類を絶滅寸前まで追い込んだゼントラーディーとでも上手くやっていく、適応能力の高い「プロトカルチャー」であれば、大丈夫なのかな。

 ??と思わされる部分はありつつ…
しかし、オリジナル『マクロス』劇場版に匹敵する、音楽と映像が融合して生み出す圧倒的な迫力と高揚感、音と動きで単なるストーリー以上の物を伝える「アニメーション」ならではのパワーが炸裂する後半の展開に、グウの音も出ないぐらい心揺さぶられてしまう。
 戦闘ミュージカルとでもいう圧巻のバトルを披露したのは、まずオリジナル『マクロス』だが、今でもそのトップを走るのはこのシリーズなのだと、知らしめてくれる。
 音楽の力で戦いの趨勢さえ変えてしまうのが この作品だけれど、そのパワーは見る者の心にまで届き、歌エネルギーの奔流に押し流される内、何だかもう細かい事なんかどうでも良くなって、シリーズ全体の印象が「傑作」方向に大きく押し上げられてしまう。

 ダイダロス…じゃないマクロス・アタックが見られたのは、懐かしくて嬉しい。
 この最終話は特に劇場版『マクロス』を下敷きにしている事が強く感じられ、オールドファンは単純に喜ぶばかり。

 飛び飛びで何話か見ていたけれど、後半はほとんど見ていないヨメが、「あの三角関係はどうなったの?男の子は誰を選んだ?」と聞いてきたので、「いや、ランカかなーと思うけどハッキリとは選ばず終わった」と答えると、「えー、こんなに話数かけて、それも決められなかったの?」。
 この作品は、それぞれ何かしら問題…素直に相手と心を通じ合わせられない理由を抱えた三人が、それを解決し(気持ちの上で乗り越えただけ?)、本当のスタートラインに着くまで、を描く話だったのかな。
 バジュラと共にある関係も始まったばかりだし、本当にまだ「これから」。

 新しいモノを見せつつ、旧来のファンに「これこそマクロス」と感じさせてくれる、気合いの入った面白い作品だった。
 劇場版、やるんだ。
オリジナルの劇場版のように、基本的にはテレビシリーズをなぞるのか、この後を描く内容なのか。
 良いものが出来ると、いいなあ。
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『ひだまりスケッチ×365』最終13話.「おかえり…うめ先生」

 予告が無いのと、新たに始まる新番組の紹介を見なければ、これが最終話だと気が付かないぐらい、いつもと変わらずさりげない終わり方。
 今期の第一話は入学試験の頃であり、最終話が一年の新たな始まりである お正月…といっても元旦が終わり新学期が近い時期の話だけど。
まだまだ終わる気のない作品だという事が感じられ、普通に第三期も作られるのではなかろうか。
それは、願望も含めて。

 第一話と前回の話がちょっと異質で、「動き」を通して何かを描こうとする事が少ない この作品において、驚かされるぐらい よく動き、それを上手く面白さに繋げてあったと思う。
 …というような所を除けば、第一期とさして変わりのないシリーズだった。
それは別に悪い事ではなく、「視聴者の望む心地良いかたち」を壊さず維持していくのも、立派に才能でありサービスだろう。
 ヒロや沙英が卒業を迎えるエピソードを描くまで、続く作品なのかな。
『ARIA』が完結してしまった今、これといくらか似た空気を持つアニメは『スケッチブック』ぐらいなものなので、長く続けてくれると嬉しい。
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映画『インランド・エンパイア』

 WOWOWで放送された映画『インランド・エンパイア』を見る。
 デヴィッド・リンチ監督。

 難解な監督の作品中でも、これはより一層分かり辛い、と言われていたので構えて見たが、いや、そんなに分かり辛くない。
 ある女の過去と現在を、現実と夢想と妄想を交えて描く作品。
現実の部分が分かれば、後はその流れから、何を言わんとしているのか理解できなくもないだろう。
 …と思いつつ見終えて、ストーリーを頭の中で再構成しようとしてみると、途端によく分からなくなる。
感覚的には「分かったような気がする」んだけど、特に細部やらシーンごとの繋がりを把握するのは、難しい。

 挟み込まれる「ウサギさん一家」の解釈とか、どうとでも取れすぎて、確定不可能。
 そういう「分かったような分からないような」描写と、異様でありショッキングな映像を用い、見る者を迷宮の奥深く誘い込んで迷子にさせるのが、映画としての狙いなんだろうな。

 こういう傾向のモノばかりになってしまったら、映画を見るのがメンドくさくなってしまいそうだけど、色々な意味でそうそう・誰にでも作れるはずがなく、たまに見る分には、思考的刺激や映画鑑賞による疲労を感じる「楽しさ」を味あわせてくれる、なかなか希有な作品だと思える。
 何度か見れば、もうちょっと内容を理解できるかも知れないんだけど、「分かったような分からないような」で置いておくのもまた良かろうか。
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『魔法遣いに大切なこと 夏のソラ』最終12話.「夏のソラ」

 海の波の表現が、素晴らしく良かったなあ。
滑らか、というよりザカザカと荒れたタッチで描かれていたけれど、それが波の荒々しさや勢いを良く伝えていて。
 独特のデフォルメ様式を持つこのアニメだからこそ、違和感なく生きた描写だろう。

 死に至る病を抱えながら、一人北海道に帰ったソラは…
 うううーん、あの結婚式を見せる魔法は、誰に、何のために使ったモノなの?
 もう死んでいる父親を、一時的に現世へと呼び戻して、その夢だった娘の花嫁姿を見せて上げたのか。
しかし、その姿は現実でなく幻だし、結婚相手が実在するかどうかすらコレでは定かならず、そうまでして父親に見せても「娘の魔法レベルは凄く上がった」ぐらいで終わりそう。
 父親の望みを叶えるという名目の元、自身の願望を叶えた…あるいは、一人残される母親に思い出を作って上げた。
そういう所なのかなあ(数年後の再会で母親は豪太の顔を見分けられなかったが)。

 豪太を北海道まで一緒に連れて帰り、本物の結婚式(の真似事)を見せる事も可能だったのでは。
もう死ぬ、という事で、豪太の人生に「幸せ」の反動として現れるだろう、大きなマイナスの影響を残すのが嫌だった?

 淡々とした演出で、ソラの死は驚くぐらい呆気なく(母に抱かれているシーンで本当に死んだのかどうかも分からないぐらい)描かれた。
 てっきり違法魔法で助かると思い込んでいたため、アッサリ死なせてしまったのは意外。
魔法にも限界がある、と言うには、超絶便利なんでもパワーとして使いすぎていたような。
 「お涙頂戴」然としたゴリ押しがなかったのは爽やかだ、とも言えるけど、見終わって大きく何が受け取れたとも個人的には思えない終わり方だったため、いっそパワー全開の「泣かせ」を押し込んでくれた方が、それを「サービス」として評価しやすかったろうか。

 前回、豪太がソラを両親に紹介する際、若い二人をまるで映さず、両親だけ見せてシーンが終わった。
視聴者が見たいのは、ソラ・豪太の方だと思うんだけど…
「見せない事で、逆に想像の余地を残す」ようなシーンではなく、「両親のリアクションにより、そのものを見せるより多くを表現する」程の演出は成されておらず、ただ「両親だけを見せたかったから見せた」としか。
 そういう感じで、描きたいものを、描きたいように描ききった作品。
そのテーマなり想いなりを視聴者が受け取れたかどうかは、制作において重視している事の一番目に位置していないよう、感じてしまう。
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『ゼロの使い魔 三美姫の輪舞』最終12話.「自由の翼」

 戦争など大きなスケールの戦いがある訳でなく、敵ボスキャラを倒す訳でもない、割合と小さな規模のクライマックス。
 巨大鎧兵との戦いも、苦戦があり逆転があってつまらなくはなかったが、このぐらいの規模のバトルなら、これまで「中ボスクラス」程度の戦いとして普通に見られたものだと思えて。
 新規参入キャラであるティファニアが、最終回ではほとんど「居るだけ」に終わり、物足りない。
巨乳キャラなら他にも多くいる作品なので…ルイズの強力なライバルとしては、シリーズ後半で「囚われのお姫様」扱いされ、他のキャラを凌駕する扱いとなった、体型がほとんど変わらないタバサをクローズアップしておけば、十分だったような。

 お話は、「取りあえず一段落」ぐらいのもので、まだ終わっておらず、次期シーズンの制作が決定している事を伺わせる。
 作画はキレイだし、女の子達も可愛く、今後も、ずっと見続けていって損な作品にはならないと思う。
 ただ…作品のテーマである「ルイズのツンデレ」成分に、大分お腹が一杯になってきた、という部分はアリ。
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