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『魔法遣いに大切なこと 夏のソラ』最終12話.「夏のソラ」

 海の波の表現が、素晴らしく良かったなあ。
滑らか、というよりザカザカと荒れたタッチで描かれていたけれど、それが波の荒々しさや勢いを良く伝えていて。
 独特のデフォルメ様式を持つこのアニメだからこそ、違和感なく生きた描写だろう。

 死に至る病を抱えながら、一人北海道に帰ったソラは…
 うううーん、あの結婚式を見せる魔法は、誰に、何のために使ったモノなの?
 もう死んでいる父親を、一時的に現世へと呼び戻して、その夢だった娘の花嫁姿を見せて上げたのか。
しかし、その姿は現実でなく幻だし、結婚相手が実在するかどうかすらコレでは定かならず、そうまでして父親に見せても「娘の魔法レベルは凄く上がった」ぐらいで終わりそう。
 父親の望みを叶えるという名目の元、自身の願望を叶えた…あるいは、一人残される母親に思い出を作って上げた。
そういう所なのかなあ(数年後の再会で母親は豪太の顔を見分けられなかったが)。

 豪太を北海道まで一緒に連れて帰り、本物の結婚式(の真似事)を見せる事も可能だったのでは。
もう死ぬ、という事で、豪太の人生に「幸せ」の反動として現れるだろう、大きなマイナスの影響を残すのが嫌だった?

 淡々とした演出で、ソラの死は驚くぐらい呆気なく(母に抱かれているシーンで本当に死んだのかどうかも分からないぐらい)描かれた。
 てっきり違法魔法で助かると思い込んでいたため、アッサリ死なせてしまったのは意外。
魔法にも限界がある、と言うには、超絶便利なんでもパワーとして使いすぎていたような。
 「お涙頂戴」然としたゴリ押しがなかったのは爽やかだ、とも言えるけど、見終わって大きく何が受け取れたとも個人的には思えない終わり方だったため、いっそパワー全開の「泣かせ」を押し込んでくれた方が、それを「サービス」として評価しやすかったろうか。

 前回、豪太がソラを両親に紹介する際、若い二人をまるで映さず、両親だけ見せてシーンが終わった。
視聴者が見たいのは、ソラ・豪太の方だと思うんだけど…
「見せない事で、逆に想像の余地を残す」ようなシーンではなく、「両親のリアクションにより、そのものを見せるより多くを表現する」程の演出は成されておらず、ただ「両親だけを見せたかったから見せた」としか。
 そういう感じで、描きたいものを、描きたいように描ききった作品。
そのテーマなり想いなりを視聴者が受け取れたかどうかは、制作において重視している事の一番目に位置していないよう、感じてしまう。
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