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『ワンナウツ』02.「勝負師」

 今回は、かなり面白かった。
割と何となく やられてしまった一話目のバッター達より、強力な選手が登場し、その強さとプライド故に敗れていくので。
 確かに、これだけの大勝負にしておいて、「フォアボールでした」では、プライドの高い(それだからこそ勝負を挑んできた)プロ野球選手としては納得できる終わり方じゃなかろうな。
勝つためだけに余計なモノを捨てられない人間の弱さ、か。

 第二戦にあたり、選手側の右手首を痛めさせてしまうのは、「第一戦より不利な状況で戦わされている」という事。
 これじゃ普通 負けるだろう、と思われるけれど、こういう勝負物では「不利さを背負っていると事前に描写された方が、勝つ」事になっている。
上に書いた「プロのプライド」で、「当然負けるはずの選手が負けたって面白くない」と、作者は考えるはずだから。
 それを回避するには、投手側も進んで不利を背負う…「三球とも外角高めに放る」と宣言してから投げる、とかしなきゃダメだけど、しなかったからなあ。

 次回、バッターが、どうやって打つのかが見物。
 この際、「根性で、故障などモノともせず打った」でも構わなかろうけど。

『とある魔術の禁書目録』02.「魔女狩りの王」

 マンションの廊下を舞台に、勃発する魔法(召還モンスター)対 主人公が駆使する無効化能力のバトル。
 炎を操る魔術師と召還モンスターが恐ろしげに描かれており、ギリギリの状況で展開される戦いに非常な迫力や説得力があって、引き込まれる。
 ルーン文字により作られた「場」から外に出られないモンスター、消火用スプリンクラーを用いて逆転を狙うアイディア(コピーのインクでもそう簡単には流れないような)、最終決着を「ゲンコツ」で着けてしまうカタルシスなど、バトルの組み立てが なかなか考えられており、面白い。

 主人公が最後に頼るのは、チビっ子先生なのか。
 何の特殊能力も持っていない人間は、この町じゃ少数?
「こんなに小さいのに(実年齢は分からないけど)、学校教師を問題なく勤め上げている」という事が、既に凄い「特殊能力」だという気はしつつ。

『かんなぎ』02.「玉音アタック」

 第一話は御祝儀作画というか、最初だから特別も特別に張り切った画面なんだろう、と思っていたけど、二話になっても細かく良く動くのが変わらず、嬉しい。
 キャラクターの表情変化や「動き」で見せる演技を割と長いカットで切り取り、実写っぽくさえ感じさせる演出。
 さすがにこのレベルを最終回までキープできるはずは無いだろうが、ドコまで行けるのか、楽しみではある。

 のほほんとしたコミカルな内容は変わらず、だけど、母猫の死と、引き続いて起こる子猫の死が、重い。
これもナギが産土神のポジションから離れ、土地に穢れが溢れた余波なのか。
 「可愛いから飼いたい」という いかにも外見通りの少女っぽい感性と、亡くなった命を体の中に受け容れる「神」としての有り様に幅があり、二重人格は演技でなく本当なのかと。
主人公が、少女像として依代を作った事により、「神」から外れる性格が付与されたものだろうか。

 第一話冒頭で見られた、主人公幼年時代に顕現したナギは、何を依代として実体化したんだろう?
長期でなく一瞬なら元々それを可能とする力があったのか。
 彼女も触れない穢れを無造作に手で掴み、出ていった彼女の行く先を普通に探り当てる主人公こそ、ナギより余程 高位の「神」なのかも。

 穢れにより不幸に見舞われる少年とか、ナギが正しい位置に居ない事により こういう事態が連鎖していくのだとすると、結構 重い話にもなってきそうだが、さすがにそこまではしない…かな。

『今日の5の2』02.「ネコノテ」「マケナシ」「ボールアライ」「ヌレギヌ」

 「女の子と二人きりで体育倉庫に閉じ込められてしまう」、一般および成年漫画でイヤというほど使われてきた(自分も使った)シチュエイションを、こんな感じで料理するとは思わなかった。
 閉じ込められて「良かった事」を特に描かず、酷い目にだけ遭う主人公が、可哀想。

 この男の子は、性的に未分化…というより、そういう方向に全く関心がないのね。
ブルマドロの意味がさっぱり分からない、ってのは、小学五年生としても遅れすぎのような。
 男子全員を持ち物検査する このエピソードで、最初に「メガネならかけてるぞ」と男の子に言わせ、「お年寄りがメガネを探し回っていたが実はチョイと頭の方に上げたまま忘れていた」というネタを思わせて、「忘れていたけどブルマ履いたままでした」とするオチの伏線としているのが、上手いなあと感心。

『機動戦士ガンダム00 2nd season』02.「ツインドライヴ」

 ロックオン弟を、宇宙まで引っ張って行く刹那。
…しかし、何のために?
 彼自身がソレスタルビーイングへの参加を希望していた訳じゃないようだが。
それにしても、モビルスーツに乗れて、その上 狙撃か、あるいは他のモノでも良いのか、飛び抜けて優れたスキルがないと、連れてきたって仕方がなかろうに。
 理由として考えられるのは、

 ・順当に、弟は特殊な戦闘能力を持っており、新生ソレスタルビーイングに絶対必要な人材だった。
 ・「似た顔の人間が加われば仲間の士気も上がるんじゃねえ?」と刹那が考えた。刹那の気合いで新ガンダムが起動した(単にタイミングが合ったのか)ように、デュナメス後継機の起動には「ロックオンに似た顔とオーラを持つ人間」がアナログな感じで必要かも知れない。
 ・実は、記憶の混乱から自分を「弟」と思い込んでいるだけで、本当は彼こそ すっかり回復した(目も)ロックオン自身。刹那は何故だか一目で見抜いた(実際 弟は居た設定みたいだけど、本物の弟はどこか遠くで何かしているという事で)。

 こんな所だろうか。いや真面目に読まないように。

 失意の内ながら平和に(少なくとも戦いには関わらず)暮らしていたスメラギを、相手の同意も確認せず、正体をバラし、その場には居られなくして連れ出すのも、ヒドい。
大きく戦いを再開するには彼女が必要、と思うからこその行為だろうが、ありがた迷惑のような。
 ところで、組織の情報は今更厳しく管理しても仕方ない?
 刹那は、戦いに他者を巻き込む事を特にどうとも思っていないのかな。
「アナタはこの戦いに関わらない方が良い」と考える素養がない、というか。

 次回は、アレルヤを奪回するのか。
 長い・シンドイ拘禁生活だったかと思うけど、その辺は人格にどういう影響を与えてるんだろ。
第三の人格ができていたり。

『ケメコデラックス!』02.「小林家の人々」

 今回は、ネタの膨らまし方や暴走加減が良く出来ていて、原作既読者にも面白く見られた。
 イメージとして、「だんご大家族」とか『絶望先生』の一場面が、パロディーと言うには余りにもそのまま使われていて、驚く。
権利関係はオッケーなんだろうか、などと余計な心配をしてしまうぐらい。

 主人公妹が抱える精神的鬱屈を具体的に描き、それを原因としての兄への暴行がある、としたのは分かりやすい。
 延々と続く主人公母と担当編集のネジが外れた会話、ロケット誤作動による危機の描き方、街の上空を華麗に飛ぶケメコの「変」だけれどファンタジックな映像、等々、付け加えた部分が面白さを加速する役割を果たしており、感心。

 今回、脚本・絵コンテ・演出を手掛けたのは山本 寛
 このレベルを保ってくれるなら、シリーズの最後まで視聴を続けたい。
 山本 寛は、同時期に『かんなぎ』の制作へ入っていたと思われ、どのぐらいこちらに関われたのかは不明だけど。

『ねぎぼうずのあさたろう』01.「旅立ちのとうげ」

公式サイト

 絵本が原作みたいだけど、当然ながら未読。
 イメージは『アンパンマン』…いや時代劇だし『ぜんまいざむらい』?
ちょっとライトにした任侠モノのフォーマットに、擬人化野菜キャラクターを突っ込んだ内容。
 畑に生えているネギが、「作物」ではなく「一家族」扱いされていたり、同じネギでも意志があるモノと無いモノが居るようだったり、現実に引き付けて考えると「???」だけど、とにかくそういう世界だと納得しないと一歩も先に進めないので、考察停止。

 村娘に非道を働くヤクザな連中を相手に、平和に暮らしていた あさたろうの怒りが爆発し、それを原因として村には居られなくなり、旅立つ。
 「ネギだ」という事を忘れれば(人間らしいキャラも妙な顔をしているし、見ていると後半、忘れそうに)、昔ながらのキッチリした筋立てに則っており、勧善懲悪・男の旅立ち・義理と人情といった安定したストーリーに引き込まれてしまう。
 実写時代劇が苦戦している現状、日本伝統ドラマとしての「任侠物」を、こういう形で子供達に見せるのも、良い事じゃなかろうか。

 作画は安定しているが、女の子は「萌え」とかと程遠く異次元の顔をしており、登場キャラクターは皆 濃すぎて『アンパンマン』のような可愛げに欠けているけれど、そういう事とは関係なく、楽しい作品。
 しばらく見続けてみようかな。

映画『ウォンテッド』

 映画『ウォンテッド』を見る。
 監督は、『ナイト・ウォッチ』(未見)のティムール・ベクマンベトフ。
 運命に導かれ、暗殺組織と関わる事になってしまう青年の物語。

 こういう物語に対してよく抱く不満、「主人公が過ごしてきたはずの日常描写が薄い」「葛藤が弱い」「突然強くなりすぎる」といった所に、割と細かく目が行き届いており、好み。
 特に日常に関しては、ウンザリするような最悪の暮らしを強烈に描き出す事で、短時間のウチに「もう結構」という気持ちにさせてしまうのが上手い。
そうであったからこそ、捨てていく瞬間にカタルシスも設定できる訳だし。

 余計なモノを徹底して排除してある映画、でもある。
 アンジェリーナ・ジョリー演じる女殺し屋など、つい、内面をもっと彫り込んだり、主人公との間に生まれる恋愛感情を描きたくなりそうなものだけど、必要最低限に留めている。
 その他の殺し屋なんか、「殺人技能」だけの存在だし、組織の成り立ちや現状についても見せ方は相当 端折り気味。

 物語自体は、こういう映画としてのパターンに、ある程度 則っている。
大きなヒネりがあり、気楽なハッピーエンドに「しない」作り方には、驚かされたけれど。
 そうして描かれていくのは、ウソや贅肉を全部削ぎ落とした後に残る、一人の男の本質。
 日常を失い、非日常も失い、頼るモノは「本当の自分自身」のみ。
でも…何だか楽しそうですらある。

 そんなデタラメな!が連続するアクションの映像が、鮮烈で面白い。
 『ドラゴンボール』仙豆を思わせる超回復湯とか、超長距離狙撃用銃弾といった無茶な設定も、愉快。
 何故だか爽やかな、ちょっと考えさせられる終わり方が印象に残る、「好き」な映画。

『CLANNAD AFTER STORY』02.「いつわりの愛をさがして」

 春原がウソの彼女候補を探し回る、気楽な笑い話。
女の子達の反応が、「いかにも」で可笑しい。
 春原も、黙っていれば顔立ちは悪くない訳で、そんなに嫌われるはずないんだけど。
軽い上に「アホ」な性格が、最大の問題か。

 最後に辿り着いた彼女候補が、渚ママ、というのは好みの展開で結構。
 キャラクターデザインとして、もうちょっと年上に見えていれば、より楽しかったかなあ。
どう見ても「姉」程度にしか思えない顔形に描かれているので、ギャップの面白さが出ない。
学校の制服を着て見せても、余りにも自然だし。
 「色っぽい人妻の学校制服姿」というのが、(通常有り得ないシチュエイション、という意味で)個人的に好みだけど、作品の元々のファン層に合わせるなら「少女にしか見えない母親」の「違和感ない制服姿」とした方が、受け入れてくれやすい…のかな。

 しかしこの話、二話にまたがるとは思わなかった。
 妹のリアクションを含めても、もうそんなに描く事ないような。

映画『アイアンマン』

 映画『アイアンマン』を見る。
 監督は『ザスーラ』のジョン・ファヴロー。
主演・ロバート・ダウニー・Jr。

 余り日本では馴染みのないヒーロー。
自分も、デザインを何となく知ってる、ぐらいの知識。
 予告等で得た情報により、「兵器を売りさばく会社の社長が、自分がゲリラに掴まってヒドい目に遭ったのを切っ掛けに、『やっぱり兵器は良くない』と思い直してヒーローになり、戦う話」だろうと予想し、それはあんまりに身勝手なストーリーじゃないか?それが何で全米大ヒットになってるんだ?と思いつつの鑑賞。
 ところが実際に映画を見てみると大違い…ではなく、ほぼその通りの内容だったのが、驚き。
 主人公をヒーローにしていくための仕掛けが、もっと幾重にも張り巡らされているのかと思った。
 さすがに、「主人公は発明バカ一代であり、邪気がない」のと「ゲリラ基地からの脱出にあたり、犠牲になった人間の命が人生を変える大きな契機になっている」という、納得できなくもない理由付けはあったが。

 ただ、主人公に邪気がないとは言え、「成金趣味全開、女はべらして楽しそう」であり「戦場にまで出掛けて武器のプレゼンを行い、その効果にご満悦」といった、イノセントなキャラクターにするには引っ掛かる部分も描いているが。
 まあ、汚れ一つない人間でなければヒーローになれないルールがある訳でなし、アメコミキャラがヒーローになるお約束である「ごく親しい人間の死」イベントの洗礼を受けている事で、もう十分か。

 真面目な作りではあるけど、大分コメディー…というかギャグ寄りの部分も。
 やたら大きかったスーパーエネルギー発生器を、設備もロクに無いゲリラ洞窟でチョイと超小型化・製造してみたり、ミサイルに見せかけてパワードスーツをつくっている所なんて「気付かれるだろフツー」というツッコミ待ちとしか。
 胸のエネルギー発生器をお姉ちゃんに交換してもらうのは良いけど、体の中に手を入れるのに、石鹸ですら手を洗ってないだろ!
 アイアンマン制作・失敗風景には、大笑い。
 機械の助けを借りて格好良くスーツを装着する主人公だが、脱ぐ時には(衝撃で歪んでしまったのか)機械に手足を引っ張られながら「痛い痛いソコ痛い」とか大騒ぎ。
 ちょっと間が抜けていながら忠実な機械アーム君達は、もうちょっと押し込んでくれたら泣けるキャラになったかも。

 こうしてコミカルに描かれていくドラマだから無理もないけど、兵器販売…戦争自体の影の部分には、ほとんど踏み込まない。
 主人公の販売した兵器は正しく、米軍も気の良い連中で、悪いのは現地の人間にさえ非道を働くゲリラと その黒幕。
 確かに、ここに斬り込むと、気持ちの良いエンディングなど迎えられるはずもなく、触れないならまるで触れないのが正解なんだけど。

 パワードスーツのアチコチがカチャカチャと細かく動く見せ方、空を飛ぶ楽しさ(急停止は中の人間が死ぬと思うけど)、「スーツを着込めばもう無敵だ」として高揚感を生じさせる演出など、ヒーロー物としては良く出来ている。
 脳天気なラスト、日本人の多くは「?」となってしまいそうな次回作への引きも含め、面白く見られる作品だった。
 同じくアメコミ原作映画でも、ズシリと胸に堪える『ダークナイト』が超ヒットを飛ばしながら、ほぼ同時に こちらも大ヒットさせてしまう辺りが、「アメリカらしさ」かなあ。
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飛龍 乱

Author:飛龍 乱
HPはこちら。
ですが、現在HPは更新できなくなっています。

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