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映画『ヘルボーイ』『ヘルボーイ ゴールデン・アーミー』

 衛星で放送された映画『ヘルボーイ』『ヘルボーイ ゴールデン・アーミー』を連続で見る。
 両作とも、『ミミック』『ブレイド2』等で独特の映像を見せてくれたギレルモ・デル・トロ監督。

 一作目は、以前にも見たことがあるんだけど、その時に感想を書いたんだったかどうだったか。
 映像もキャラクターも面白いとは思いつつ、半魚人・エイブなんて凄く印象的なデザインなのに、突然出て来て余り活躍せず、不満だった覚えが。
 屋上で、ヘルボーイと子供がポチポチ喋るところは、映画としてはまるで無駄な場面なんだけど好き。
 今、見返すと、この世界の中心となるヘルボーイのキャラクターを立て、彼にまつわる世界設定を理解してもらうのが目的だったのかと思え、そう考えると悪くない内容。

 作品としては、設定の紹介が終わり、登場キャラクターをより彫り込む形で展開する『ゴールデン・アーミー』の方が面白い。
独特の世界観を、更に容赦なく見せつけていて。
 一応はヒーロー・アクション物の体裁だけど…
ヘルボーイの命を奪わんとして体に刺さったままの剣の切っ先が、最終バトルのカギになるのかと思えば、突然にも突然に解決されてしまったり。
自分より遙かに強い敵に対し、どう戦いを展開するのか期待すれば、特に理由無く二回戦ではヘルボーイが強くなっていたり。
最重要アイテムを、よく分からない感情の動きによりエイブがアッサリ渡してしまったり。
 酷いのは、一作目で語り部となっていた新人捜査官を、「南極へ飛ばされた」の一言で片付けてしまうところ。
俳優さんの都合か…まあ確かに要らないキャラではあるが。

 しかし、今回は、頑張ってドラマを見せるエイブが楽しかった。
ヘルボーイと二人、ベロベロに酔っぱらって恋の歌をデュエットするシーンは、無駄っぽいんだけど好き。
 上半身を起こして入り口になる岩巨人とか、下半身を無くした光物好きのゴブリン、無敵のゴールデン・アーミー軍団に、エラく強いエクトプラズム上司といった新規キャラクターが魅力的。
可憐なエルフ王女も、エイブが好きになって不思議無い美しさ。

 「正義」「悪」といった二元論では割り切れない、複雑な世界の有り様を描いており、一種族を絶滅させて救った人間から罵倒の言葉を投げつけられるなど、最後にヘルボーイらが取る選択もヤムナシかなあ、と思わせられる。
ここに繋げるには、ただの人間であった一作目の新人捜査官はチームに居ない方が、スッキリするだろう。
 『3』まで作られる?
今度は、ヘルボーイがダークサイド(ラストで明かされるリズの事情も、アナキンと被る)に堕ちるのかどうか、辺りがメインテーマになるのかな。

予定日

 本日が予定日ですが、先日の診察で医者から「日程は遅れそう」と言われ、しかし本人はかなり近い兆候を感じているそうで、先行き不透明。
 今日が誕生日になったら、23、24、25日とウチでは連続してケーキを食べる、ケーキトライアスロンの三日間にしてやろうと思っていたのに。
 明日か明後日になるようなら、イブもしくはクリスマス当日をウチだけは「順延」して、先に子の誕生日を祝いたい。
そんなキリストとかいう見たこともない人の誕生日より、お子様の方が大事。

『とある科学の超電磁砲<レールガン>』12.「AIMバースト」

 一連のレベルアッパー話、一応の終章、かな。
 音楽?を用いての超能力レベルアップ、という設定には無理を感じるなあ、と思っていたけれど、その真相である、一人では弱い力しか持たない各人をネットワークで繋げ、並列処理を行って能力を底上げするアイディアには、感心。
 パーソナルなものだという認識しかなかった超能力に、こういう捉え方があったとは。
 いや、「手を取り合い、心を重ねることで、信じ合う仲間の能力を何倍にもする」美しい形でのスーパー超能力発動なら、これまでにもあったろう。
しかし、ネットワーク時代ならではの、各個人には「繋がっている」事すら認識させない集合体の編成が、新しい。

 超能力って、多くの作品では忌避され、隠匿するべき陰の力として扱われる事が多いような。
 それが、能力者を集めて(集めるために)作られた学園都市内では、能力の強い者ほど「上」にあり、弱い力しか持たない者は踏みつけにされ、劣等感を抱いてしまう。
 普通とは逆でさえある価値観を徹底して描き、虐げられ、力を求める側の気持ちを自然に理解させてくれる作り込みが、素晴らしい。
佐天の弱さ…心の揺れに、だからこそ説得力を持たせられる。

 美琴とレベルアッパー・モンスターの戦いは、持つ者と持たざる者の対立にも思える。
モンスターが、持つ者への怒りや羨望、欲望から産まれていることで、なお。
 ただ、美琴には持つ者の驕り、といったものがまるで無く、どちらかといえば持つが故の義務すら背負っているように感じられてしまう。
黒子もそうだが、怒りに任せて無制限に力を放出せず(悪辣な光学迷彩的能力者に対しても、殺す・大ケガをさせるつもりは無かった)、常に抑制して、相手の事情さえ考える気持ちの有り様が、彼女達を持つ者の傲慢さから遠い存在にする。
 美琴らが強いのは、「力を持っているから」ではない。
この描き方が、実に嬉しいところ。
 美琴が好意を抱く上条の能力が「異能力を消す」ものである事とか、良く出来てるなあ。

 すぐ脱ぎたがるサービス過剰なおバカさん加減と、裏腹な抱え込んでいる重荷で魅力ある木山は、再登場して欲しいキャラ。
彼女の苦悩がまだ何も解決しておらず、このまま消える訳はないだろうが。
 美琴と黒子のジャレ合う関係も楽しいけれど、互いを思い合う初春と佐天の親友ぶりも心地良い。
 モンスターと美琴の戦いを迫力あるものにする、演出と作画の頑張りは、感心するレベルだった。

中村駅

 ソフトバンクの白い犬CM、列車乗り換えの風景で中村市(現・四万十市)の駅が出ていて、驚く。
うわー、懐かしい。
 しかも、ここから高知へ行こうとして方向を間違えた、という事は、終点・宿毛(すくも)市へ行っちゃった?
 続編で宿毛の風景も出してくれると良いなあ…田んぼの中に無理して立てた水車とか、細い水路にビックリするぐらい太った鯉が泳いでるとか、それぐらいしか名物(名物か?)はないけど。

 中村駅で乗り換えを間違う、というのは普通ありえない話。
他県から中村まで来る場合、岡山から瀬戸大橋を渡り四国へ入る列車に乗り換えるか、高知龍馬空港に着いて高知駅へ移動し列車に乗る、大抵はどちらかだろう。
 空港経由の場合、CMでの目標だと思われる桂浜・龍馬像は空港から ちょっと行った所にあり、わざわざ高知駅から列車に乗り込むのは無理が。
 岡山乗り換えも、途中でイヤでも高知駅を通ってしまうため、「熟睡していて乗り過ごしました」といった設定がなければ、不自然。

 愛媛県の松山空港を利用し、窪川で乗り換えて高知を目指すなら、方向を間違えてくろしお鉄道に乗り、中村へ行ってしまう可能性もあるかなあ……何のためにそんなヤヤコシイ旅程を組んだのかは分からないけど(空港近くの道後温泉に寄りたかった?)。
 あと、細かく言うと、CM最後の方で車窓外に出てくる赤い鉄橋は四万十川に架かる橋だと思うが、それの見える方向から考えると、「宿毛から中村に向かっている…方向としては高知へ向かっている」事になり、「逆ですよ」ではないような。

 いや、そんなウダウダ言うような話じゃなく、懐かしい風景やら方言(幡多弁)が聞けただけで、嬉しい。

『キディ・ガーランド』10.「生きていた、2人」

 襲撃を受ける二人…いや、ディアを入れて三人。
 だから、どうしてアスクールらは危機に陥った際、ディアのパワーアップ・キスを受けないのか?
タマでさえ、危なくなったらそれで超常的パワーが引き出せることを憶えていて、実行し、ディアを守ったというのに(だから、スタッフが設定を忘れた訳ではない)。
 「超パワーを発揮できるのは僅か一分程度、その後は無防備になってしまう」「ディアの体への負担が激しく、出来る限り使用を控えている」といった制限か、「正規GTO要員を目指す彼女らにとって、他者の力を借りて任務を遂行することは良しと出来ない」など心理的枷でも嵌めておけば良かったかなあ。

 危機回避は、トリクシーらからの特殊能力伝承により、成される。
これが余りにも唐突で、目が点になってしまう。
 亡きトリクシー・トロワジェィンがアスクール達の心の中に生きている、というのと、ランク上エージェントの奥義をホイと使えるようになる、というのの間には、かなり距離があるような…

 いや、アスクールは瞬間移動能力を持っている訳で、この作品での原理は不明だけど「空間に裂け目を作ってその間を移動している」と考えると、その裂け目を固定・移動させ、敵の体に割り込ませることで両断できるようになったと考えれば、トリクシーの技からそう遠くないのか。
 ク・フィーユも、未来予知能力…「時間を操り未来の光景を認識している」なら、大きく時間に干渉して、敵もろとも周囲の時間流を止めて動けなくするのも、かけ離れた能力ではない……?
 まあ、このぐらい無理を言って良ければ、アスクールが「敵を空間の断裂に落とし込んで行動不能にする」でも、ク・フィーユが「異なる時間の輪により敵の繋がりを断つ」でも、出来そうな気はしてしまうが。

 ディアの力が使われないのも、トリクシーらの力を継いだのも、裏に設定があってやっている事…ではないかと思う。
でも、説明してもらえなければ「テキトーな話」と変わらない。
 悪ふざけで三十分取るより、ここに時間を費やすべきだったのでは。
 後でまた詳しく語るつもりかも知れないが、当事者であるキャラクター達がそこらに何の疑問も持っていないから、「謎」として認識して良いかどうかも分からず。

『にゃんこい!』最終12話.「天国は待ってくれる?」

 元気なキャラクター達を元気な作画で描き、明るく楽しいストーリーを見せてくれたシリーズ、最終回。

 ヤマンバ顔からのギャップ、だけでなく、その後も一貫して一途で けなげな様子を見せてくれた、加奈子が可愛い。
幼馴染みでもあり、メインヒロインに据えて良いキャラだと思うけど、ここまでの描かれようでは想いを成就させるのが難しそうなポジションで、可哀想。
 ツンデレと電波系の桐島ツインズも、愉快。
特に、正しく美少女な外見と裏腹に、恐ろしく飛んだ行動と言動を見せる琴音は、いつまでも眺めていたくなる魅力あり。

 そういうサブヒロインズに比べ、メインの攻略対象であろう楓は、勿論良い子であり天然ボケ加減が楽しくありつつも、ちょっと弱いかなあ。
 第二期の制作が決定(予定?)されているようなので、彼女に魅了されるのは、まだこの後、なのか。
 再開を楽しみに待ちたい。

映画『宇宙戦艦ヤマト 復活編』

 映画『宇宙戦艦ヤマト 復活編』を見る。
 『完結編』以来、26年ぶりの正統ヤマト。
この間に、西崎側は『YAMATO2520』、松本 零士側は『大YAMATO零号』を制作してはいたけれど、どちらも個人的に『ヤマト』の魂を継ぐものとは認められない、不満足な出来だった。

 で、今作。
 キャラクターデザインのラインが元のシリーズから大きく変えられており、オリジナルのファンとしては不服。
劇中に『完結編』の回想シーンが挟まれていて、描き直しなど無しでそのまま当時のキャラ絵を見せられるため、余計に違和感が強い。
 キャラクターデザイン・総作画監督の湖川友謙は、『さらば…』でも作監を務めており、その際 得意のアオリ絵を多用したりしていたけれど、絶頂期の腕があったためか『ヤマト』の世界観を壊すことなく「上手い!」と思わせられたものなのに、今は……
 確かに、今回のキャラの方がCGメカとの親和性は高いかも知れないが。
 オールドファンの拘りを余所にしても、魅力の薄い、面白味を感じ辛いデザイン・作画になっているのは残念。
見ていると、次第に馴染んでは来るけれど。

 ストーリーは、とてもじゃないが「今日的」とは言えない。
大時代がかっており、『エヴァ』も『ハルヒ』も通り過ぎた今、作られる物語とは思えず。
 また、「ヤマト至上主義」とでも言うような思想で作品が貫かれていて、地球人はともかく、さして交流のない宇宙人達まで、やたらヤマトに拘り、受け入れ、無条件で「凄いもの」と認識する。
 大艦隊を率いて戦うのに、結局はヤマトだけあれば足りてしまう…他の艦は露骨に「オマケ」扱いされてしまうのも相変わらずで、『銀河英雄伝説』を経た作品じゃないなあ。

 等々、平成の時代に、「面白い物」を見たい お客様へ、自信を持って届けられる内容ではないと感じられる。

 では個人的につまらなかったのかというと…
いや、結構 面白かった。
かなり好きだ。
『ヤマト』に今でも思い入れてる年寄りが見るには、満足度の高い映画に出来てるんじゃなかろうか。

 ズタズタにやられた戦艦の描写や、コスモパルサー発進プロセス、3Dを駆使して空間の広がりを感じさせる宇宙戦闘に、時代を経た「今」を感じられる。
全砲門を開いて攻撃するヤマトのパワフルな勇姿は、手描き作画では なかなか見られなかったもの。
 3Dモデルの都合…じゃないかと思うけど、とにかくいくら被弾しても傷さえ付かないヤマトの危機感皆無な無敵船体ぶりが、ちょっと楽しかったり。

 真田、佐渡ら、年長のヤマト乗員が取る選択に、ホロリ。
 タッチパネル操作でエンジンルームを制御する双子キャラに、徳川太助が見せる昔ながらの技術屋魂には、拍手。
 ヤマト世界では、どんなに進んだ無人メカより人の手で操作するモノの方が強い、戦いは無形で非科学的な「魂」とか「根性」の総量が多い方が勝つ。
『2520』や『零号』では割とナイガシロにされてきたこの基本概念が、きちんと理解・踏襲されているのは喜ばしい。
 六つのパーツに別れたデカい敵が出てくるので、誰にでも「あぁここで六連波動砲を使うのね」と分かり、笑ってしまう。

 地球に迫る理不尽で絶対的な危機、次々全滅させられる移民船団…この辺りの緊張感は、なかなか。
 ヤマトを見た異星の人々の心境変化は不可解だけれど、「ヤマトは宇宙一の凄い艦なんだから当たり前だ」という闇雲に「曇った」目で見れば、問題なし。
 この映画だけで完結する訳ではない、と聞いていたため、この辺りで終わるんじゃないか、キリが良いからこの辺までだろう、とつい予想してしまうのを覆し、長い長い、まだ続くまだ続く、イベントに次ぐイベント、もうグッタリするぐらい。
「絞り込んで面白く見せる」構成としては失敗していると思うが、盛り沢山のサービス精神、なんだろう。

 雪が不自然な重責を負わされていたり、子持ちだというのに無理に脱がしたり。
 娘に拒絶され、家庭内に問題を抱えている古代のドラマは、続編へと引くのかも知れないが…描き方が上手いとは思えず、余計でさえあるかなあ。
 自軍・友軍・敵将の死に際して古代の感情に余り動きが無く、盛り上がらない。
年齢を経て それだけ冷静な男になった…のかと思えば、娘のためには恐ろしく勝手な行動を取るし。

 まあ、特に『新たなる旅立ち』以降のヤマトは、全体にこういうテイストで、ツッコミ所満載な作品と化していたのだから、今更。
 平日の午後、5人ばかりしか居なかった劇場の観客は、全員(勿論 自分含め)いい歳のオジサン。
「また『ヤマト』を見たい」オジサン達の願いに応えるため作られた映画であり、どうにか応えられる内容でもあるかと。
 ただ、ファーストテレビシリーズや『さらば』の神がかった作品レベルに到達するなど、皆様の予想通り、今更 不可能。
しかし『永遠に』『完結編』と同程度ぐらいには、面白く出来ていると思う。
だから、これらが楽しめた人にしか お勧めできないし、見る必要も無いかと。

絵本

 いずれ お子様に読み聞かせをするため、絵本を探して ぼちぼち立ち読みを続ける。
 絵本といっても、色々あるんだなあ。
単純に言葉のリズムだけのもの、大人が読むとビックリしてしまうぐらい何も事件が起きない、ストーリー希薄なもの。
静かな雪が降り積もる景色に、ぼんやりと「人類滅亡」を感じさせる、ちょっと怖いものも。

 「三びきのやぎのがらがらどん」を読む。
四十年以上前に発行された有名な絵本のようだから(自分もタイトルには覚えが、内容は読んだ記憶ないけど)、既知の方には今更の話。
 全員「がらがらどん」という名前の三匹のヤギが、山に向かう途中、恐ろしい巨大トロルの居る吊り橋を渡ろうとする所が、メインのストーリー。
 このオチ…というかクライマックスが、素直と言えば素直なんだろうけど、よくある昔話の「知恵と勇気で切り抜ける」「小さい・幼いものが本当の強さを見せる」ようなパターンから大きく外れており、「どうせこうなるんだろう」と侮る大人の予想を思いっきり裏切っていて、凄い。
立ち読みしながら、ええええ~こんなのアリなの?などと呟いてしまうぐらい。
 子供や、よくある物語パターンから先を予想「しない」人にとっては、何の不思議もない普通の絵本かも知れないが。

 レビューを読むと、子供に好かれる話のようだから、いつか読んであげようかなあ。
 でも、ある程度 物語というモノに慣れてから、予想を裏切られる楽しさを味わうのが良いような気もする。

映画『仮面ライダー×仮面ライダー W(ダブル)&ディケイド MOVIE大戦2010』

 続けて映画『仮面ライダー×仮面ライダー W(ダブル)&ディケイド MOVIE大戦2010』を見る。
 ディケイドは、バトルの見せ方が面白く、スカイライダーの後を追尾するように伸びていくファイナルアタックライドのカード列なんて、感心するほどのアイディア。
 特殊武装を繰り出す、対ライダーJの巨大戦闘も愉快。
 うーん、誉められるのは その辺りかなあ。

 士を悪役として進めるストーリーは、夏の映画でも見せられたばかりのような……
観客の感情移入を殊更に拒否した構成で、これをひっくり返すには余程の物語的仕掛けがないと…と思っていたのに、???疑問符ばかりが連なる、制作者にとって手前勝手な理屈を「真相」として事足れりとしてしまうのに、唖然。
 本来終わっていた歴代ライダー番組だったが、ディケイドのお陰で新たに思い出してもらえ、商品寿命も延ばせたのだから、多少無茶しても、あるいは無茶した方が「悲劇」として強く印象に残せて良いでしょ、という理屈?
 それはそうかも知れないけど、そういう都合をドラマに織り込んで見せられても、対応に困る。

 夏映画と比べ、歴代ライダーの扱いは良くなく、オールドファンが喜ぶ要素も薄いと感じる。
 語りたい・語るべき事は、テレビシリーズと夏映画で全て終わっており、新たに映画を一本立ち上げる情熱を持たないまま、それでも撮らなければならなかった制作側の苦しさ、とでもいうようなものが伝わってくるばかり。

 『W』も、見ておかなければならない内容…とは言えないけれど、とにかく探偵長が格好良く、懸命に頑張る若者二人の姿勢も心地良くて、悪くない。
こちらだけで一本の映画にすべきだったのでは。
 この二本立てには構成上の仕掛けがあり、仕方なかったのだろうが。

 レンタルを待つか、テレビ放送されたら何となく見るぐらいで、問題ない映画。

映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』

 ヨメの状態が落ち着いていて、まだ少し大丈夫そう……という事で、急ぎ映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』を見てくる。

 良くも悪くも、これまでのウルトラシリーズとは毛色の違う作り。
 良い点は、とにかくテンポが速くダレ場が少ない。
バトルに次ぐバトル、危機また危機を連続させていて、子供でも飽きる間がないだろう。
パワフルでスピーディーなアクションは迫力に満ちており、揶揄する意味での「怪獣プロレス」を越えた格闘戦に進化していて、光線技の見せ方にも「新世代」を感じられる。

 悪い点は…
『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』をベース(の一つ)にしており、大まかな説明はあるが、未見の人間(特に年寄りは、「番外編」っぽいこの作品を見ているだろうか)に ちょっと入り辛くなっているような。
ウルトラ姿が多いため、変身前の人間ドラマと変身後の超人的戦い、という図式が薄くなっており、旧来の「ウルトラマンを見ている」気持ちを弱くする。
バトルをスピーディーにするため、見上げるアングルやスロー映像を用いた巨大感を醸す演出がほとんど無く、等身大ヒーローの戦いに思えてしまう。
 まあ、これらは「悪い」と言い切れる要素でなく、見方によっては「良い」所にさえ なろうが。
ノスタルジー頼りから抜け、新しい何かを見せて一歩踏み出そうという情熱の現れ、とも思えるので。

 ウルトラマンベリアルの凶悪な強さが、素晴らしい。
複数のウルトラ戦士による猛攻を物ともしないパワーは、圧倒的な悪の魅力に溢れており、ベリアルが一番好き!という子供が居ても不思議無い。
 強すぎるため扱いは難しくなりそうだけど、是非またドコかで再登場して欲しいキャラ。

 ウルトラマンゼロも、強さのランクが分かり易く、『北斗の拳』あるいは『ドラゴンボール』的に、満を持して登場するのは格好良いが…
オールドファンとしては、新キャラの超大活躍に、ちとフクザツな気分。
 力を求める乱暴者でありながら、優しい、その性格付けはこれまでのウルトラマンに無かったものだし、ダブルアイスラッガーを飛ばした後でも頭部が物足りなくならないデザインは、非常に格好良いけれど。
 ゼロもまた、パワーが強すぎるため、今後の扱いが難しそう。
もしシリーズにするなら、変身時間が一分間程度しかないとか、メンタル面が酷く弱いとか、あるいは しれっと「初登場御祝儀相場が終わったので、他の兄弟と強さを揃えます」とでもしなければ。

 老練さを伺わせるマンとセブン…ハヤタとダンの活躍が嬉しい。
 初めて?説得力のある画面にされた光の国の美しさ。
 レイとZAPメンバーの、信頼と友情が心地良い。
 キングの声を演じた小泉純一郎は、ワイドショーで見た時よりも声にエフェクトがかけられているようで、危惧されたほど不自然さが無く、まずまず。
 光の国で暮らす多数のウルトラ族、襲い来る無数の怪獣軍団…見たかったけれど現実には なかなか目にする事が出来なかったシーンが、多々。
 詰め込みすぎとは感じるし、もっともっと、を言えば果ては無いが、劇場で見るべき価値のある、新しい、面白い『ウルトラ』映画だと思う。
プロフィール

飛龍 乱

Author:飛龍 乱
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ですが、現在HPは更新できなくなっています。

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