オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

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『GOSICK―ゴシック―』04.「金色の糸はつかのまを切り裂く」

 推理ネタは本当に大変で、自分で試しに考えても、恐ろしくセコい・細かい・解決しても爽快感がないようなモノか、種明かしに納得してもらえる自信がない無茶苦茶なモノになりがち。
 だから、ネタが優れていないとダメ、とは言い辛い。
 この作品の場合、本格推理というより、事件とその解決はヴィクトリカのキャラクターを際立たせるための意味が大きく、無理があろうが何だろうが別に構わないのだから、突っ込むのは野暮か。

 とは思いつつ、つい突っ込んでしまう。
 今回の一件目、血が付いたワイヤーを発見した時点で、もう視聴者のほぼ100%がトリック(といえるかどうか…現実に こんな事件あったよね)を読めてしまう。
「なんでこの世界の警察はこれぐらいの真相も看破できないのか」が、不思議なぐらい。
 ワザとらしく犯人の血が付いていたら、素直に受け取らず、逆に「捜査を撹乱する罠かも」と深読みしてしまいそう。

 二件目、こちらはトリックが分からず、期待して見たけれど……
「無理がある」路線。
 少女の死は、自殺?
病気か何かで数日後に死を控えている人間にしては、恐ろしいほど元気一杯に仕掛けをしていたが。
 「密室殺人の犯人は、同じ部屋で死んでいた」「この事件を難解にした密室…ドアの前で男を死なせる事は、犯人の意図するところではなかった」という発想は面白いと思いつつ、やっぱり無理過ぎて、うーん。
 ゾッとするぐらい男を憎んでいたのなら分かるけど、そうでないなら、絶望的な状況で死の恐怖など感じさせる必要はなく、最初から殺して放り込んでおく方が確実。
僅かにしても、男が救出される可能性はあったのだし。

 まあ、こういう突っ込み所を含めて、作品の面白さかな。
 手をケガした転校生は、一件目の事件と関係しており、あんな簡単な真相ではなく まだ裏がある、って事なのか。
 とにかくヴィクトリカが可愛いので、「推理なんていう些細なこと」は欠陥と思わず。
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『魔法少女まどかマギカ』04.「奇跡も、魔法も、あるんだよ」

 剣呑な雰囲気もありつつ、しかしまだ「魔法少女」という言葉が持つイメージに引っ張られて内容を楽天的に捉えようとしていたけれど、三話目、あの悲惨なマミの最期を見て、そういう気持ちは粉々に打ち砕かれる。
 ああー、こういう作品で、ここまでやるのか。
こんなところまで見せるんだ。

 「魔法少女」は一つのジャンルを形成しており、かなり色々なタイプの作品があるけれど、シビアさ・嫌さにおいて、ここまでのものは無いと思う。
単にパロディーとして嫌なストーリーを作った、とする作品はあるかも知れないが、真面目に、独立した物語で こんな徹底したものは。
 『セーラームーン』『カードキャプターさくら』『プリキュア』なんかも「魔法少女」に含めるとして、辛い戦いぶりや死を賭して戦うシーンはあれど、メインの対象が「女の子」であるせいか、現実味の薄い、ファンタジックな「死」に描写を留めることが多い。
 この作品では、深夜枠であり、男性視聴者が多かろうという目算によってか、殺し合いの中で訪れる突然で無慈悲な死…感動的な意味を持たない(持たせない)戦場での一兵士の死、として彼女の最期は描かれる。
 『寄生獣』で、「ばつん」と頭を食い千切られるショッキングなシーンを彷彿とさせる、実に嫌な死に方。

 一つだけ叶えられる願いについて、普通の作品なら誉められてしかるべき選択を成そうとする さやかへの提言も、なかなかに聞いた事がないもので、重い。
 魔法少女物へのアンチテーゼ、嫌がらせのようにも思えてしまうけど、単発のネタではなく、各要素が絡み合って意味を持ちつつあり、何かを描く必要に応じて考えられたものだと分かる。
 こんなズッシリと重い話を、軽い・フワフワしたデザインのキャラクターに演じさせているのは凄い。
表情の変化がなく常に可愛いマスコットキャラだが、恐ろしい状況に際しても可愛い無表情を通すキュゥべえが、この作品のキャラ全体を象徴しているような。

 結局、魔法少女になる事を選択する さやか。
そこに一切の胸躍る要素はなく、ああ……やっちゃった、と思わせる作り方。
 凄い潜在能力を持つと言われながら、まだ魔法少女にならない まどかは、いつ決心する事になるのか。
 その際の願いが「マミを生き返らせて」というものであれば、(叶えられるなら)随分と雰囲気が明るく・軽くなるけれど、そーゆーのはナシっぽいなあ。
 面白い。
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『フラクタル』03.「グラニッツの村」

 ああ、この作品、宮崎アニメや『ナディア』辺りをやりたいのかと思えば、いや勿論それもあろうが、『マトリックス』なのね。
 世界の大多数を占める機械文明に支配された領域に対し、それを拒絶する僅かばかり残された人間の集落がある。
圧倒的不利な状況に抵抗する手段は「武装テロ(ゲリラ活動)」であり、何も知らない一般市民(敵影響下にはある)を巻き込んで殺すことに彼らは逡巡しない。
 同型が複数登場し(儀式に参加していた方は人間?)、システムを乗っ取る行動を見せたネッサは、エージェント・スミスなのか。
自分の存在はデータ的な物なのだから、位置設定を書き換えることでドコへでも移動できるはず、と制限のない超越的発想を見せるのはネオっぽくも。
 両勢力を上手く繋ぐべく、預言者ババアやらフラクタルの設計者が登場して欲しいところ。

 今回もまた、突っ込もうと思えば果てしなく。
 一度つかまって開放されたばかりなのに、今度は「殺されるかも」と考えるクレインは不思議だけど、古い物を見るや一転、銃を構えて脅される…本当に殺される可能性が出て来たのも意に介さず はしゃぎ回り、星祭りではまた集まった人達に「助けを求めてみるか」と考える姿から、ストーリーの都合以外、「生きたキャラ」を感じるのは難しい。
 スンダは、カリスマ性があるとも頭が良いとも思えず、『未来少年コナン』ハイハーバーのオーロぐらい嫌われ者なのかと思えば、そうでもないのね。
「村の指導者の一人」なのか「良識ある人達からは煙たがられている」のか、まだしっかり描かれていないけど。
 星祭り……せいぜいで五十人ぐらいしか集まっていないよう見えた。
クレインの住む街にほとんど人が居なかったことから、世界の人口は恐ろしいぐらい減ってる?
それにしたって、せめて数百人・数千人規模でやらないと余りにも効率が悪そう。

 一番問題なのは、『コナン』ハイハーバーに当たるのだろう今回の村が、良いところにも悪いところにも…おおよそ魅力のある場所に思えなかったこと。
 宮崎監督のように、共同体幻想というか「とにかくココは素晴らしい所だ」と考えるアタマを、『フラクタル』制作者は持っていないんだろう。
ホントに『コナン』とか『ハイジ』『赤毛のアン』ぐらいからチョイと引っ張ってきたような牧歌的イメージしか示されず、ここからは「良いとも悪いとも思わない、制作者の興味のない場所」だという事しか伝わらず。
 まあ、『マトリックス』ザイオンも、ストーリーの都合以外に守るべき価値のある場所だと描けていなかったから、こちらを元ネタとするなら仕方ないのかな。

 かといってフラクタル世界を理想的に考えているとも思えず。
 突き進む現代文明を全肯定は出来ないけれど、わずらわしくもある濃密な人間関係の中で自然に囲まれて一昔前の文明レベルで暮らす事こそ正しい、とも思わない、それは今時の若い衆(自分の世代から?)の本音じゃなかろうか。
だから「嘘」は無いと感じる、でも作品としてはそれじゃ、その部分については何も語れない事になりかねない。
 そこは置いて・その果てに、他の語りたい事があるなら良いけど。

 それに比べると、今回クライマックスで見せられる銃撃戦には……作戦もなく飛び出しての攻撃で、返り討ちの死者を出し、襲撃された婆さん達も隠れようって素振りすらない不思議ドンパチではあるが、少なくとも「慣れ親しんだ『死』が軽いゲーム」ぐらいにはリアリティーや制作者の興味、面白くしようとする意志が感じられる。
 しかし…ここのところ、スンダがクレインを捕まえても何もしない、ノンビリした作風が続いたため、もしかしたら第一話でフリュネに加えられた銃撃は模擬弾やらペイント弾しか使われておらず、脅すばかりで殺傷目的じゃなかったのかな、などと考え始めていたのに、やっぱり実弾っぽいなあ。
 ここまでする連中なら、クレインを拷問して(二、三発殴るぐらいでも)情報を聞き出しそうだし、ネッサに迫りそうなもの。
 どういう雰囲気の作品にしたいのか、分裂して感じられるのは困る。
 いかにもレギュラーらしい太った三下も被弾していたし、「実は みーんな大丈夫でした」とする拍子抜けの解決法が次回、示されたり?

 グラスやバイザーを通す事で、村の皆が簡単にネッサを確認してしまう。
 ここは、どうやっても見えない・触れられない存在にしておくべきだったのでは。
それでこそネッサの孤独やクレインの価値、フラクタルと「それを受け入れない場所」の断絶が描けたろうに。
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『フリージング』03.「Accelerating Turn」

 一話目では相当にグロというか残酷な描写があり、どうなる事かと思われたけれど、話が進むにつれ普通レベルに。
 血が出たりはしつつ、でも、すぐ治る(敗れた服まで元通りになる)設定があるせいか、あんまり悲惨に感じない。
 物語がコメディータッチに振れてきたせいもあるだろうか。
サテライザーは、せめてもう少しクールで断固としたイメージにするのかと思えば、ツンデレと言うにもイキナリ崩れてしまい、すっかり弄られキャラ化。

 サテライザーに対し「辱めを与える」シーンが、パンツを下げて局部を露出させるという「恥ずかしい」もので、ちょっと笑う。
確かに酷いことやられてるんだけど、何というか馬鹿馬鹿しくて。
 行われる非道と、姉の姿にどこか重なるサテライザーを救うべく、能力を発動させるカズヤ。
三話掛けてココまで持ってきただけあり、不自然さが少なく、気持ちも分かりやすい。

 ただ…大きな特色(良くも悪くも)になると思われた残酷描写が影を潜め、地道に普通のストーリーを展開していくと、この作品ならではの魅力って何だろう?という気分にもなってしまう。
 まだ設定を消化する準備段階に過ぎず、本筋には入っていないのだろうから、それが見えてくるのはこれから、か。
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『Rio RainbowGate!』04.「シスターズ」

 前回は、「不気味な女」をコケにしまくるばかりの脱力ギャグ回で、余りのベタさ加減に「はは」ぐらい笑ってしまったり。
 ギャンブルらしさや駆け引きの面白さなど全く無い(最初から目指してない)作品ではあるけど、一応はディーラーとしての設定に拘っているのかと思えば、今回はクレー射撃勝負という変な方向へ展開。
 いつもの意味不明なイメージバトルが無く、そのまま進んで、標的を発射するタイミングを少しずらす事を「仕掛ける」と表現し、突然 相手が射撃を外して「私の負け」とか言い始める無茶苦茶な顛末で、笑うというかポカーン。
勝負には勝てたけれど、リオの人間的度量の広さを認めて自ら負けを宣言した…といった内容を表現したいんだろうけど、うーん、ううううーーーーん、まあ、このアニメであんまり深いことまで考えても。

 脱がすポイントのセレクトについて、真顔で解説するジジイが可笑しい。
何者だよ、どれだけ下らない人生送ってきたんだよ。
 予想を覆す…じゃ良い表現過ぎるな、「このぐらいか」とコチラが考えた遙かナナメ下というか異次元の発想を示し続けるのは、大変な気力体力だと思う。
 だから素晴らしいと言えるかどうかは難しい問題だが、まあ、変なアニメなのは間違いない。
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食卓の機嫌

 ヨメと些細なことで小ケンカして、そのまま娘ご飯の時間に。
 自分が娘を膝に抱え、ヨメが前からスプーンで離乳食を食べさせる、いつものスタイル。
親がコワい顔をしていては嫌だろうと思い、「はーい、ご飯よー」「いっぱい食べようねー」と殊更フツーに明るく声を出しつつ。
 食事時間であり、お腹が空いた様子もあったのだが……

 娘、全く食べない。
 スプーン一杯目から硬く口を閉ざし、「あーんして」の声にも耳を貸さず、しまいには顔を背け泣き出してしまう。
 「まだお腹空いてないのかな、じゃあ後でいいよ」と食器を片付けようとして…

 ふと、「親がケンカしてる、そこまでは分からずとも雰囲気がいつもと違う、っていうのを感じてるんじゃないの?」と思う。
 慌てて仲直り。
「ゴメンゴメン」「こちらもゴメン」実に簡単に関係を修復し、もう一度温めなおした離乳食を並べ、さっきと同じ格好でスプーンを口元に運ぶ。
 こちらの声も表情も大して変わってないよう思ったが……
 娘、今度はパクパク食べてくれる。

 分かるんだなあ。
幼児だし、そんな細かいことまで分かるまい、というのは大間違い、幼児だからこそ親の気持ちには敏感なのか。
 いやいや、あわや離婚かというような危機的状況ではなく、ホントに大した事のない諍いだったんだけど。
 思い出してみれば、自分だって、小さい頃、親がケンカをしている中で食事するのは嫌だった。
大きくなってからも、「ほらっ、食べなさいよ」的に機嫌悪く出された食べ物は、どんな料理だって食べる気になれないし、美味しく感じられるはずもない。

 「仲良くしなさい」「大人になりなさい」「ちゃんと親をやりなさい」と、娘に教育されている気分。
 ハイ、すみませんでした、頑張ります、今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。
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『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』03.「ライバル出現!兄妹大ピンチ!」

 「可愛い妹と幼なじみに想いを寄せられ、積極的行動にも出られて、モテモテで困っちゃう男の子の話」というのは間違いないところなんだけど、見ていて感じるのは、「萌え」でも「羨ましい」でもなく「恐怖」。
 女の子二人、目的のためなら手段を選ばない性格が共通しており、しかもその目的は必ずしも「修輔との恋の成就」ではなく、「体」…「強制的な肉体関係の締結」であったりする。
そこを大きなステップとして恋愛に発展する可能性も十分あるが、女子二人ホラー映画が大好きで、「修輔は苦手」という事実を知ってもまるで気にせず劇場へと引きずり込む様子から、相手を思い合っての恋愛、というのを目的としているとは考え辛い。

 その即物的行動は、女の子である、という一点さえ除けば飢えた馬鹿な野郎そのもので、大変に共感しやすい。
 しかし…こんなにも強烈に肉食系な行動ばかり取られると、草食系、とは言わずフツーの男の子でも引いて当然だろうな。
下手すれば○○○になって不思議ない。
 いや、それは全体を見通せる視聴者視点があって思うことで、事態のホンの一部しか見ていない修輔は、そこまで酷い状況と捉えていない?

 どちらかといえば お馬鹿キャラだと思われた奈緒に、冷静・冷徹な観察眼と判断力があったことに驚く。
面白がって自分達を付けてくる友達二人の存在を知りながら、放置し、それどころか利用さえしてみせる頭の回り方は、コワイぐらい。
 エロ本をコンビニで買うのに一大決心を必要とする兄になんか、とても太刀打ちできる相手じゃない。
 望遠鏡で常に修輔の動向を監視している彩葉と、互いにかなりの所まで手の内を読み合い、挑発もしながら、表面上は全く友好的な会話を展開する奈緒。
コワ過ぎる。
 状況を全て把握したら、修輔の寿命は一日ごとに大変な量 すり減るんじゃなかろうか。
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『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』03.「転校生はセカンド幼なじみ」

 幼馴染みを二人も…姉妹とかじゃなく、女の子同士は互いに面識すらない設定で出す作品って、珍しいなあ。
ファースト・セカンドで幼馴染みを世代分けする発想が斬新すぎ、笑ってしまう。
 「幼馴染みだから」という理由で男女でありながら同室を許す(真実は分からないけど今のところ)学校側の姿勢から、この関係には何か大きな意味があるのか。
 単に「原作者が幼馴染み属性持ちだから」かも知れないが。
 いっそヒロイン全員を幼馴染みにしてしまう、『シスタープリンセス』みたいな極端設定もアリ?

 何気なく済ますのかと思っていた、ISの学園に入学しておきながら何も知らない主人公、という不自然な状況が生じた理由が明らかに。
 「訳が分からん」と視聴者に言わせないよう、とにかく気を遣い、不足しないよう説明を入れて作品を作る姿勢は、悪いものではない。
 ただ…前回見せられた模擬戦闘など、機体機能や戦闘ルールを、起きた事態の後から説明するため、「後付け」みたいな印象になってしまって面白いとは言い難く、残念。
勝負の決着理由については、意外な条件で負ける物語上の都合から、仕方なかろうが。

 セカンド幼馴染み少女、中国代表であればもっとあざとく語尾に「アルよ」ぐらい付けさせても良かったような(チャイナドレスじゃないのは予告でネタにしてた…っけ?)。
パッと見、ただの日本人としか思えない。
 国際色でも付加しないと、既出の二人に食われてしまいそう。
まだエンディングでも走らせてもらってないし、扱いは軽いのかな。
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『フラクタル』02.「ネッサ」

 ふと『天空の城ラピュタ』の冒頭部分を見返してみる。
 民間飛行船に襲撃を掛ける、いかにも悪そうな空賊団。
手慣れた様子で腕の良さを伺わせ、客が持つ金目の物なんかには興味が無く、真っ直ぐに何かを目指している。
 謎の少女と、同室の男達。
少女の表情と食事を拒むところから、親子兄弟仲良しの旅行などでは有り得ない。
 空賊団を廊下で迎え撃つ男達。
油断したリーダーらしき男を、躊躇いつつ、しかし渾身の力で殴打し昏倒させる少女…芯の強さがあり、普段はそういうことをしない女の子だと分かる。
 この後、パズーが暮らす炭坑町の雰囲気や、彼が機械技師見習いらしい事が描かれ…
 メインキャラクターは冒頭数分間でほとんど顔を見せ、ごく簡単には設定も見て取れるようになっている。

 何より凄いのは、空賊団や男達が狙い、落下する少女の命を助け、少年と出会う切っ掛けとして、もう「飛行石」が登場していること。
 ムスカは飛行石に現れる栄光や力を追い求め、ドーラらは「お宝」という事で狙っていたものだが金品や人(パズー・シータ)の輝きでも十分かと考えるようになり、シータにとっては「呪い」ですらあって、パズーは最初から(欲望としては)興味がない。
飛行石を巡ってこの映画は動いていく、テーマと言っても良い最重要アイテムを、こんな最初からしっかり、しかも小型の石で文字通り「小出し」にして見せているこの巧さ。
 もしか「そんなに巧い?」とか「まあ別に当たり前の作り方じゃないの?」と思ったとしたら、それはこの映画が完璧に近い構成をしているから。
見る側に、作り手の苦労を感じ取らせる作品は、まだ改良の余地がある。
 シータは、飛行船搭載の小型飛行機で脱出しても良かったし、欲張れば最初からロボット兵を呼び出し その背に乗って飛んでも良く、『カリオストロの城』冒頭のように追跡者から逃げる地上カーチェイスで始めても良かった。
…が、どれも巧くは(現存するストーリーの流れに)嵌らない。

 作品構成の際、大きな物から小さな物まで無数に存在する選択のポイント・選択肢を、最も良いと思われるチョイスで埋め尽くすのが、傑作の条件。
ピクサー社の映画なんかでも、よくこれを感じる。
 しかしコレが、言うのは簡単、実現は至難で、智力・気力・体力を限界まで絞り尽くす苦難の作業の連続になる(自分なんかにも出来ない出来ない)。
 つい、「面倒臭い、どーでもイイや」「何だって変わらないだろ、客はそんな必死で見てくれる訳じゃなし」になり、極端には「有名作のパロディー・イタダキで換えちゃえ、意外と客は喜ぶし、労せずして『こんな感じ』のイメージを伝えられる」になりがち。
 そうなると、強力な著名作のパワーに、弱い自作が振り回される事態が起こり得て、構成を崩壊させてしまう危険性も。

 ……という事を、このアニメの第一話では感じてしまった。

 第二話に そういう傾向は無く、お話も、この回だけ見ればそんなに問題ない。
 不思議な力を持ち、迷惑だがコドモらしく可愛い女の子(ドッペル)と、主人公の関係を確立する話。
 ただ、前回メインで描かれたフリュネの存在感が驚くぐらい薄く、居ても居なくても良い…主人公が初めて出会う少女はネッサであった方がずっとスッキリする事から余計者にも感じさせてしまうのは、どうなんだろ。
 ネッサはフリュネのドッペル?という疑惑が持たれていたし、いずれこういう登場のさせ方をした理由は明らかになるのだろうが、それでも、二人も立て続けに女の子を出したことでは互いの存在感を薄くしただけであり、主人公が行動する動機付けを分散してしまうのも拙い。

 今作で描こうとしているのは、触れるものと触れないもの、リアルとバーチャルの差、それらを超えて意義や価値の有るものと無いもの、という所なのかな。
 現実の存在ではないネッサを、守る対象…一緒に居たい存在と感じ、連れ戻すべく走り出すクレイン、というのが今回のクライマックス。
そのシーンだけで彼の内面的葛藤は決着が付いている、とはいえ、救助対象のネッサが「自分で抜け出して」「何の屈託もなく」クレインの方へ走ってくるのでは、弱いような。
 ネッサへのアクションを起こす動機として、もっと巧妙に「何もして上げられなかったフリュネへの想い」を感じさせられると、流れも良くなったかなあ。

 家は分かっているし、簡単に捕まえられるシーンを先に見せていたクレインに対し、落とし穴を仕掛ける理由が不明。
前回に引き続き、三悪の女の子がとにかく子供っぽくて無駄な行動ばかり取りたがるから、か。
 ドッペルのネッサに触れる、というのをクレインが特別な事のように言っていたけど、網で捉えて持ち上げて運び去る事は普通に出来るのね。
床の上に立ち、階段も上れるし、「ドアを通り抜ける」ような物理現象を無視した行動は取れない仕掛けになってる?
それなら、「軍手を投げたらドッペルに当たる」?「その軍手を手にはめたらドッペルに触れる」?
まあこの辺は、フィクションだし細かい事言う必要なんて無いが。
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『みつどもえ 増量中!』02.「丸井家、もう一杯!」

 実質的な第二シーズンの一話目。
 王様ゲームで、どんな理不尽な命令を出すのかと思えば「他のヤツのケーキも食べたい」という意外に平和な内容で終わってしまう みつばが可笑しい。
 S属性って、ただ単に他者を酷い目に遭わせるだけじゃなく、「虐めて『あげる』(相手の被虐欲求に応える)」サービス精神が必要。
みつばは、「自分が気持ち良くなりたい」を優先しすぎており、まーまだコドモだというか、関係性を成り立たせるSでは無いのかな。
そういえば、前シーズンで杉崎母にS行為を強要された際も引くばかりでまるで対応できなかったし(アレは引くのが普通だけど)。

 みつばが何か食べる時の「むしゃこらむしゃこら」いう声が可愛い。
そりゃオヤジもバケツプリン与えてみたくなるわ。
 甘い物をあんなにバクバク食べていては、増量してしまうのも当然。
 でもまあ、女の子は多少お腹にお肉が付いて良いんじゃなかろうか。
みつばは時折行き過ぎたお肉に見えることもあるが…いや、いやいや許容範囲。
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