fc2ブログ

村野守美、逝去

 漫画家でありアニメ監督の村野守美、逝去。
 『カムイの剣』キャラクターデザインも強烈だったが、自分にとっては、何より映画『ユニコ魔法の島へ』の監督。
公開当時、劇場で見て、色と動きと音楽で表現するアニメーションの魅力が横溢する内容に、感動したのを憶えている。
子供達が大いに湧いていた劇場内の雰囲気も、忘れがたい。
魔法使いが不気味ながら面白くて、落書き帳に真似して描いたなあ。

 漫画家としても優れた作品を残して逝かれたが、もっと監督としてアニメを手掛けて頂きたかった。
 ありがとうございました。
 ご冥福をお祈り致します。

映画『コララインとボタンの魔女』

 WOWOWで放送された映画『コララインとボタンの魔女』を見る。
 『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス(よくティム・バートン「監督作品」と勘違いされる)』『ジャイアント・ピーチ(大好き)』のヘンリー・セリック監督が手掛ける、人形アニメ。

 人形が驚くぐらい滑らかに動き、表情豊かで、セコい所の見当たらない美麗なセットを組んであるため、最初は「CG?」と思ってしまう。
 アナログな暖かさや良い意味での不自然さがあって差別化できているけれど、その辺はCGでも故意に入れればこの先まるで不可能な表現でもなく思え、今後、恐ろしく手間暇の掛かる人形アニメが どうやって独自の魅力を発揮してCGと差を付けていくか、難しいところ。

 物語自体はそんなに意外なものでもないが、世界観の構築やコララインのキャラクターがとても良く出来ており、色彩設計まで含めた画面の美しさもあって、内容にググッと引きずり込まれ、楽しく見てしまった。
 ダメダメな現実の人間達と、凄い・理想的な夢の住人達の対比が面白い。
ババア二人組の「本当の姿」には、笑ったり感心したり某アニメ化された漫画を思い出したり。

 コララインの両親は さして裕福でなく、いつもライターとしての仕事に忙殺されて、娘に割く時間が限られている。
娘を愛していない訳ではないのだが、彼女を受け入れる余裕が無く、「邪魔」にさえ思うことが度々。
 この辺、凄くリアルで身に詰まされる。
ヒマな時はともかく、ギリギリ追い詰められた状況では、娘の幼い・意味がない「戯言」なんか聞いていられない気持ちになって、仕方なかろうと思ってしまうため。
 〆切最終日に到っては、娘に対し「一日中寝ていてくれないものか」などと酷いこと考えるし。

 ボタンの魔女は、悪役として描かれているけれど、凄く寂しいキャラだと思った。
 コララインの魂だけが欲しいなら、最初に会った時から(コラライン両親のように)閉じこめて強奪することも出来たろう。
 でも、美味しい料理・全てを受け容れる物分かりの良い態度・楽しい時間を与えたのは、騙して懐柔するため、もあったろうが、ウソでない本当の愛情が欲しかったからじゃないかなあ。
コララインが寝入るまで、ベッドの側に腰掛け、優しい笑顔を浮かべて見守っているシーンなんて、ちょっと胸が痛くなる。

 魔女も、コララインも、愛情を求め、他者に要求するモノばかり大きいという意味では似通っている。
その前に、自らを省みて変えようとする努力が不足しているところも。
 それは人の業だと言え、愛犬が死んでも側に居ることを要求するババア二人組・トビネズミに無理な芸を仕込むボビンスキーの強欲さにも通じる。
 ボタンの目は、現実を見えなくさせ、勝手な理想ばかりを見続けさせる力があったのでは(魔女の「余所の子でなく、私と繋がった娘になりなさい」という気持ちもあろうが)。
コララインは、美しいばかりでない現実も直視し、受け入れ、努力により変えていこうとする気持ちがまだあったから、逃げ出すことが出来た。

 娘が大きくなったら、見せてやりたい。
 どう思うかなあ、「ボタンの目にさえしなくて良いなら、ダメダメな両親なんか捨てて魔女とずっと暮らしてもイイ」とか思われたりしそうでコワくもある。
 「代償を何も求めない愛情は、だから無限に与えられるはずがなく、ほとんど親からしか貰えない恐ろしく貴重なもの」…なのかも知れない、などと考えてみたり。

『フラクタル』07.「虚飾の街」

 前回、今回と、いくらかストーリーが動き出したように思え、だいぶ離れかけていた集中力も戻ってきた感じ。
 ただ、こうなると「フラクタル」という特殊な、扱い切れていない設定がネックになっている。

 一人で気ままに楽しく過ごしているのかと思えば、えらく悲惨な境遇に追いやられている(選んでいる)クレイン父。
 彼は、どうしてあんな事やり続けてるんだろ?
いや、一応は目的を語っていたけど納得できる内容でなく。
 そういう人間である父が、息子を放置しているのは不思議。
息子が暮らすフラクタル街も崩壊してしまってたら、どうするつもりだったのか?
 今回描かれたようなフラクタル大都会で、何らかの才能を認められ、自分一人面白おかしく過ごしている…ぐらいの典型的「酷い父親」イメージだったんだけど。
 他に女を作って蒸発したものの、女に捨てられ一人になっても今更家族に合わせる顔が無く、うらぶれた街で暮らす父、というのが近い像?

 結局、クレインは男の正体に気付かなかったみたいだが、父の方はどうだったのか。
当事者二人を曖昧に終わらせておいて、勝手にフリュネが真実に気付いてしまう、この終わり方も「どう受け取って欲しいのか」不明確。
 「解釈や意味付けを見た人に任せる作り方」……かなあ。

 今回。
 あれがほぼ完全にフラクタルが機能している街?
被せたバーチャル映像と現実の間に齟齬があり、楽しそうというより、危険でこんなとこ住めない、としか。
『電脳コイル』でもそういうシーンがあったけど、アレは余りに古くなり人も来ない場所で、やむを得ないと思えたが。
 フラクタルも、データ更新が数十年(百年?)単位で行われていないのか。
そうなると、段差でコケて骨折したり下手すると死ぬ人間が出そう…とても楽しい街に思えない。
 だから、金持ちは街を出ている?
牧畜して自然に近い環境で生きるのは、決して「優雅」とばかり言えないような。
 バーチャル映像が消えた途端、街中に人の姿が全く無くなってしまうのは、第一話のバザーもそうだったけど、何故?
面倒臭いことは勿論、整えた街中で楽しく快適に生きることまでドッペルに全て任せ、絶滅に瀕している(生殖行為もなくなって)残り僅かの人間は、どこかでクレイン父のように苦難の道を歩んでいるのか。

 人型(鎧型)ロボットが登場したのは、初めてだっけ。
フラクタルにより誤魔化している街で実務を担当しているのは、こういったロボットなんだろう(アレは実物だよね?)。
 クレインを撃った銃は空中にポンと現れたように見えるけど、実物?バーチャル銃?
ネッサに触ることも出来るんだから、クレインの体内機構に「銃撃された」誤信号を送りさえすれば、本当に撃たなくても殺せたりするのかな。

 電脳バーチャル世界に『電脳コイル』のような魅力がないため、いっそフラクタルなんて設定やめてしまえば、とか思ってしまう。
『未来少年コナン』イタダキで、インダストリアとハイハーバー対立の図式をそのまま持ち込めば、遙かに分かり易くなりそう。
そうなると、キャラや物語自体の弱さが よりハッキリしてしまうだろうが。
 不明点も不満点も多いけど、とにかく話に動きが見えたので、最後まで見続けられそう…かな。

『ドラゴンクライシス!』08.「危険なテスト」

 ローズの、保護欲をかき立てるキュートさが目に沁みる、正統派ジュブナイル。
 今回、新登場した迷惑な研究馬鹿・ビアンカの性格付けも、彼女が巻き起こす騒動も、予想を大きく超えるものではなく、しかし決して悪い内容でもなくて、実にスタンダードなストーリー。

 危機を救ってくれた竜司の姿に、幼い頃のビアンカを助けてくれた竜司父(多分)が被る辺りに、彼女の行動動機や好意発生ポイントがありそう。
もっと踏み込んで欲しかったけど、隣の部屋に越してきてレギュラーに加わるようだから、まだ彼女が魅力を増すイベントは取ってあるのかな。
 作画的には、剣のパワーを発動させ、一太刀で巨大な敵を破断する竜司の迫力と、落ちてきたビアンカを空中で待ち、受け止めた反動で回転しながら飛び去るローズという「ビアンカの重さ・ローズの軽さ・発生させている不思議な飛行力」を感じさせるシーンが素晴らしく良くて、感心。

 前回「狼たちの真実」で描かれた、狼少女アイとマスターの関係も、「信じ切っていたマスターが実は自分を酷い境遇に追いやっていた悪辣な男だと知り、怒りを燃やすアイ」という、まあ分かり易い筋立てで、いつも通りかなあ、と思ったが…
 それでも危機に陥ったマスターを気遣い駆け寄るアイと、最期に彼女の気持ちを解き放とうというのかウソをつくマスターに、「信頼」でも「愛」でもない、「良い話」と言うのも憚られる、うーん何だろ、一言では表せない複雑な人間の有り様が感じられて深く、沁みる。
 ここだけでも、このアニメを見てきた甲斐があったなあ。

ニンテンドー3DS

 ようやく復調。
 ずいぶん休んでしまい、これじゃホントに「ときどき日記」だなあ。
ヤクザな漫画描き稼業だけならともかく、パパ業まで加わっては、自由に使える時間が少ないこと少ないこと。

 ニンテンドー3DSを購入。
 ああ、こう見えるんだ。
立体と言うより、奥行きがあると言うべきか。
『アバター』なんかもそうだった。
 昔のメンコとかシールであったような、レイヤーを重ねて擬似的に立体に見せる手法、アレに近いような。
 レイヤーの重ね方によって近い遠いを感じさせてはいるが、一枚のレイヤーの中では遠近感を出すのが難しいようで それぞれは平面にしか見えず、現実の立体感とはまるで違う不思議な見え方。

 元から本体に入っているソフト、人の顔を取り込んで標的にし、現実の部屋風景を背景にシューティングさせてくれるゲームが楽しい。
 カード情報を読み取って行うゲームも、なかなか新感覚。
 3D写真が撮れるのはイイなあ。
あと五千円高くなっても良いから、解像度を上げてくれると嬉しかった…トイカメラぐらいの用途で使って欲しいんだろうが。

 ソフトは、「リッジレーサー」を購入。
 確かに立体を感じさせてはくれるけど、レーシングゲームが得意な訳ではない事もあり、コースの把握が楽になり走りやすいとかそういうことは別になく、「視覚効果が新しいレーシングゲーム」としか言い様がない。
 グラフィックや音はDSから大きく進化しており、まあそれだけでも価値はあるか。
 今、ウチのDSは、「ジップロックに入れて風呂へ持ち込み、湯に浸かっている間 遊ぶ」のがメインになっているけど、さすがにまだ3DSを持って入る度胸はないなあ。

 特殊機能を活かした、新しいソフトの登場を待ちたい。
 バーチャルボーイには、「遊んでいると視力が良くなる」という都市伝説(?)があった。
3DSでは無理なのか。
 画面内にホントに距離があるのなら、近景・遠景を切り替えて見せて筋肉を鍛え直したり出来そうだけど、ウソだからなあ。
 立体視で視力回復する、って話もあるから、不可能でもない?
プロフィール

飛龍 乱

Author:飛龍 乱
HPはこちら。
ですが、現在HPは更新できなくなっています。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
フリーエリア

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク