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『エルム街の悪夢(2010年版)』

 WOWOWで放送された映画『エルム街の悪夢(2010年版)』を見る。
 84年に公開されたウェス・クレイヴン監督の同名ホラー映画を、マイケル・ベイ製作でリメイクしたもの。
 殺人鬼・フレディが支配する夢の世界、そこで殺された人間は現実でも死んでしまう。
次々殺されていく若者達は、どうにか死の罠を逃れ、逆襲に転じようと試みるが……

 オリジナル版は、「夢で殺す」新しい・スマートな殺人アイディアと、鉄の爪を付け火傷だらけの顔をしたフレディというキャラクターの面白さ、鮮烈な夢のビジュアルに加え現実との境目を曖昧にする演出の巧さがあって、文句ない傑作だった。
 映画を見てからしばらく、毎夜 眠れない…ほどではないが、布団の中で恐ろしい夢のイメージがいくつか甦ってしまったもの。

 リメイク版。
 何よりまず、フレディに幼児性愛の特性を付けたのが嬉しくない。
生理的に不快さを感じさせたかったのかも知れないが、「ゲスな男」にしただけでスケールはグッと小さくなってしまい、ゾッとする邪悪さとも無縁に。
 ストーリーは大筋オリジナル通り。
 ただ、シリーズとしてずっと見続けてきたせいか、現実から夢に変わる瞬間の恐怖、というモノがどうも弱く感じてしまう。
もっともそれが非常に上手く描けていたのはオリジナルでも一作目のみ。
ウェス・クレイヴン監督が後に手掛けた『ザ・リアルナイトメア』でも実現できているとは言い難く、才能ある監督が絶頂期の短い間にのみ作り上げられる、奇跡のような作品だったのかも知れない。
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を押井 守以外の監督で(現在の押井監督でも)リメイクしたって、あの「夢」の感触は再現できないだろう、そういうものかな。

 特撮・CGを必要以上に「駆使せず」、あくまで現実と入り交じる映像レベルに夢の世界を捉えたのがオリジナルの優れたところ(予算・技術の都合もあったろうけど)。
二作目以降、ビジュアルが派手になるにつれ画面は特撮見本市の様相を呈し始め、怖さが無くなってしまった。
 このリメイクでも、イメージとして面白い部分は色々ありつつ、それが恐怖に直結しない…どころか「楽しさ」にさえ繋がってしまっているのが難しい。
 「死体袋に入った友達」のシーンが、美しくもショッキングでもない描き方に変えられていて、残念。
あそこ、好きなのにい。

 眠いのに眠ってはいけない苦しみ、の辺りも弱かったなあ。
 フレディの役者がロバート・イングランドから変わってしまったのも、嬉しくない(年齢的な問題はあろうが)。
つまらなさそうに事務的に殺す『13金』ジェイソンとは違い、殺人を楽しんでいる様子なのがフレディの特徴。
新しいフレディには恐ろしさも愛嬌も欠けていて、映画全体の印象まで薄くする。
 オリジナル・シリーズも、一作目以外はこれぐらいの内容だったと思え、そういう意味で酷く出来が悪いとはしないけれど、『13日の金曜日(09年版…これも製作がマイケル・ベイ)』と同様、まあ無理してまでは見る必要がないリメイク。
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『30歳の保健体育』06.「はじめての騎上位」

 原作未読。
元々の元はハウツー本なのかぁ。
 一話目を見て、「童貞を笑いものにするシモネタ脱力系ギャグ」かと思い、売りになるはずだったろう お色気シーンへの規制が厳しい事もあり(冴えない作画も)、録画はしつつ二話目以降を見ないまま置いてあった。
まとめて消すかどうか考えつつ、一応続きを見てみると…
 ああ、ヒロイン・なつのキャラクターが強く出てくる辺りから面白くなるのね。

 これだけ可愛い女性であれば、引っ込み思案であろうが少々の拒絶フィールドが張られていようが乗り越えて迫ってくる野郎は居そうなもの。
「神経過敏バリヤー」なら「無神経アタック」で突破でき…『1・2のアッホ!!』なんてもう誰も憶えてないだろうなー。
 純粋な世間(男性)知らずとして年月を重ねており、処女をこじらせた余りのネジ曲がった扱い辛い人格になっていないのは、良いねえ。
 男なら、「高すぎるプライドや理想が邪魔をして」「積極性に欠けていたため」「何となく」「おバカさんだから」といった理由でイイ歳になるまで童貞で居るケースは珍しくないが、女性、しかもそこそこレベルが高い場合(例え乳首に毛が生えていようと)、処女のまま通すには理由の設定が必要…という思い込み。
AKフィールド、という特殊能力を獲得するに到る、キツい出来事があった?
…生まれつきこんな余計な能力があったから男が近付けなかった、とする逆パターンも有り得るか。

 男の方に兄弟の神が付き、応援・妨害をする、というのはアリガチだけど、弟の方が所謂「男の娘」ぐらい可愛いのが面白く、童貞の悪化が著しい場合には(あるいは趣味嗜好があれば)、「これはコレでアリ、むしろ女などより!」と納得する可能性もあったなあ。
 女性の方にも姉妹の神が付いて、内省的になりそうな女性本来の性格をつついて明るいタッチにし、見易くしているのは上手い。
 ハッキリ拒絶されても挫けず頑張った駿は、エラいなあ。
これだけのガッツがあれば、もっと早くカノジョが出来ていそうな…背水の陣・窮鼠猫を噛むの気持ちでギリギリの根性を発揮したものか。
もっとも、次のアプローチまで日数を置きすぎており、「相手が なつだから上手くいった」けれど、こんなに放置しちゃフツーはもうチャンスなど無いようにも思うが。

 強く出し過ぎると見辛くなったり悲惨にもなるけど、30まで童貞・処女だったが故の歪み、みたいなモノはもう少しあっても。
頭の中身も行動も、高校生、せいぜい大学生ぐらいにしか思えないので。
 どこまでを描くアニメなんだろ。
「保健体育」部分を進めていくのは、テレビじゃ難しそう。
ここまで、ハウツー的な描写はほぼ皆無なのだから、その辺を期待(心配?)しても意味ないか。
 気楽に見られるので視聴継続。

映画『戦場でワルツを』

 WOWOWで放送された映画『戦場でワルツを』見る。
 イスラエルの手描きアニメ映画。
手描き、といっても、フツーのアニメとは雰囲気が違い、目・鼻・口や体のパーツパーツを分割して管理し、「動き」を表現している事が多いような。
FROGMAN等によるFLASHアニメの感触。

 内容は、レバノン内戦に関するもの。
 兵士として従軍しながら、ある時期の記憶を失っている事に気付いた主人公は、その補完を求め、同じ記憶を共有する戦友達を訪ね歩く。
 現実の戦闘状況を背景としているが、観客に知識があることを前提に作っており、映画内での説明は皆無に等しいため、かなり分かり辛い。
自分ぐらいの薄い知識しか持たない人間でも、サッパリ分からない、という事はなかったが。
 ただ…戦況に即して映画の訴えたいことを正しく受け取るには、それなりの素養が必要。
そうでないと、「戦争は良くないよね」ぐらいの表層的な理解しかできない可能性があるから。

 被験者が子供の頃の写真を十枚見せ、その中に一枚だけ「移動遊園地に居る被験者」を合成で作って入れておくと、他の本物の記憶に混ざって「ありもしない遊園地の思い出」を語り始める、という話が面白かったなあ。
 当然ではあるがヒーローなど存在しない物語で、淡々と戦い、淡々と死んだり生き残ったりする。
戦車上で突然の襲撃を受けた兵士が、一人生き残るも他の戦車隊には見捨てられ、敵の最中で死を覚悟するが相手は「全滅させた」と油断して探しもせず、夜まで待って闇に紛れて海へと入り長距離泳いで逃げ出す下りは、格好良さも悲惨な敗走の危機感も無く、だからリアルな緊張感に満ちており見入ってしまう。

 虐殺や死体を映し出すシーンなど、実写で描いては悲惨に過ぎる可能性がある所も、抽象化された「絵」である事により、観客は余計な情報に気を散らさず、テーマへと向かうポイントだけ受け取る事が出来る。
 また、リアルタイムの現実ではなく「回想」なので、デフォルメ・省略が無理なく行えるアニメーションを用いて語る手法も、大きく意味があったろうか。
…ラストで実写映像が挟み込まれる、その生々しさに対比すると、余計そう感じる。
 淡々と終わってしまうし、「観客に考え込ませようとしている」内容でもないと思え、見終わった印象はガツンと強いものではないが、独特の画面タッチと相まって忘れられず、後からジワジワ効いてくる映画。

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』04.「白の、リボンのワンピース」

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』

 原作無し。
 検索に、間違えて「あの花の名前を僕はまだ知らない」と入れてしまった。
もっと長いのね。
 「あの日見た花」が物語のキーになっている訳では、今のところ、無し。
めんまの霊体出現には、『時をかける少女』で重要な小道具だったラベンダーの花のように植物が関わっている、という事実がいずれ明らかになるならともかく(SFじゃないからなあ)、なかなか憶え辛いタイトルじゃなかろうか。
 「花」というのは、「恋」「好意」「夢」あるいは「残酷さ」「傷」「血(死)」を表しており、幼いそれを何という言葉で表現すれば良いのか未だ分からない、という意味がある…?

 ドコから始める物語にするのか、難しかったと思うが、フツーに めんまが一緒に居る日常からスタート。
最初ちょっと事情が分かり辛い所はあるけれど、大部分が誰でも分かる日常描写に費やされていることもあり、「彼女はどういう存在?」に興味を集中させることで整理。
 主人公の現状がなかなかキツい事になっており、明るく元気で可愛い めんまを側に付けていないと、見るのにシンドイ思いをさせてしまう恐れもあったか。

 不思議少女(存在のことだけでなく、考えや行動も)めんまの魅力が物語を大きく引っ張っていく。
 彼女の死が、他の子達の人生に大きな影響を与え、狂わせたと言っても良いのに(だからこそ?)、ポジティブな彼女の行動と言動がもう一度その心を重ねさせていく。
この構成が面白いなあ。
 彼女の願いは、妥当なところで主人公の再起なのだろうか…でも、これは劇中で既に一度口にしているが。
 主人公にとって彼女は、姿が見え声が聞こえるだけでなく接触も可能なのね。
彼女から性的刺激を受けている様子もあったが、一つ部屋で何日も暮らしている訳で、可能かは知らないけど「その先」は考えないのかな。
ザックリ切れて未だ血を噴きだしている心の傷口の原因である少女相手だけに、「可愛いから やれるだけやっちゃえ」と開き直るのは難しいか。
それが出来る主人公であれば、学校に行ってるだろうし新しいカノジョすら作れるかも。

 結構ダークな物語を予想し、身構えていたけれど、めんまと、これまた元気一杯ポジティブ思考な ぽっぽの登場が、内容を思ったよりずっとライトに、見易くしてくれる。
 いくらか変化・成長を遂げた者達は幸福になっておらず、幼いままのメンタリティーを持つ二人は(客観的事実としてどうかはともかく)幸せそう。
 ゆきあつが見せたトラウマの化膿ぶりが痛々しい。
夢として「細身で女性のような体付き」に描いてあげるのは難しくなかったと思うが、鍛えている様子を劇中しっかり描いており、そこにウソをつかず筋肉質なラインに見せてしまう制作側の誠実さが、何とも。
 あなる(ヒドいアダナだ)は可愛くいじらしく、幸せになって欲しいなあ。

 実写映画化に向いてそうな素材。
でも、実写じゃこの艶やかさを出せないんだろうな。
 そう簡単には収まるまいが、彼ら彼女らが元の「仲間」に戻っていく道筋はかなり示されており、気持ちの良い終わりへと繋がっていくことを希望。
 最後まで見続けたい。

『C』04.「conversion(転換)」

『C』

 ノイタミナ枠なので原作無し。
 お金がテーマになる物語、という事では、現実を舞台にシビアなストーリーが展開されそうに思うけれど、裏返して『ポケモン』『デジモン』のようなモンスター代理バトル物にしてしまう発想に、感心(でもまあ『カイジ』だって現実よりダークファンタジー寄りと言えなくもないか)。
 どちらかというと、「『ポケモン』を全く大人向けに作るとどうなるか」という所からスタートしているのかも知れないが。

 自分もそういうの考えたことあって、でもバトルの勝利条件や勝ったらどういうメリットがあるか等の部分が難しく、「モンスターを美少女にし、男性マスターと恋愛関係が進む話にすればそれで良いんじゃないか」という所までしか行けなかった。
 お金をHPであり攻撃力として扱う…単純なようで合理的、コレは出てこなかったなあ。
 加えて、主人公とペアを組む使役モンスター(アセット)をツンデレ化しそうな美少女キャラに設定。
恋愛…まで行くかは分からないけど、主人公が現実で好意を持つ?女性と、微妙な関係にできそう。

 金融街では、将来の可能性を金額に換算、バトルの初期戦力とする。
主人公、結構稼げる人材だった、って事なのか。
 バトルで負けたら、貸し付けられた金額を強制的に取り立てられ破産し、絶望して死ぬ…のかと思えば、そんな簡単ではなく、大学の講師は「子供が居なくなる」形で哀しい清算。
さして給料をもらっていないらしい彼が持つ、最も大きな将来的資産は、子供達だったんだなあ。
 主人公親は何を担保にしてたんだろ。
彼もまた「子供が消える」清算方法だったけれど、自分の死をもって「自己破産」により責任を一身に留め、息子を守った、とか。

 バトルは、絵的に面白くはありつつ、駆け引きや勝利方法が、もちろん分からなくはないが「そんなもんかなあ」ぐらいに留まり、ハラハラしたり爽快感を感じるほどでなく。
実のところ、ここいらには制作者の興味が薄いんじゃないかと思える。
 独自の設定、クセのある登場人物、主人公とアセットの関係・戦い方と変わり行く世界や金への考え方、父親の謎、最終的にどうなって終わる物語なのか…興味を引く、グイグイ膨らませられそうな要素が多く、今後の展開が楽しみ。
 最後まで見続けたい。

『新鮮感動!未来のアニメパワー~オリジナル4作品一挙放送!』

『新鮮感動!未来のアニメパワー~オリジナル4作品一挙放送!』

 「平成22年度の文化庁事業である『若手アニメーター育成プロジェクト』から誕生した子供から大人まで楽しめる4本のオリジナルアニメ」として、まとめて劇場でも公開された作品群。
 BSで放送されたので、見る。

『キズナ 一撃』
 本郷みつる監督作品。
 『クレヨンしんちゃん』なんかでお馴染み、ワザと荒らしたタッチの作画。
キズナを しんのすけに換えれば、『クレヨン~』番外編の一本としても成り立ちそう。
 アクション主体のドタバタギャグ。
キズナの小さな体から繰り出される攻撃に、きっちり作画的説得力が乗せられており、それだけで見応えがある。
 ジジイが「ウソ」として語るエピソードの中で、「四人組少女がバンドを組む話」があって、僅か一分程度のモノだけどもツンデレ風少女とかポジションとして楽しそうでもあり、『けいおん!』イタダキ企画としてはホントに作っちゃうのもナシじゃ無いなあ、と。
 本編も、実力を見せないキズナ父や、帰って来なかった母、戦闘時と普段でギャップがもの凄いキズナの「萌え」など描いて膨らませられそうな所が多く、シリーズ化は十分アリ。
でもまあ、「これで終わりは勿体ない」で終わらせるのが良いのかも。

『おぢいさんのランプ』
 『カリオストロの城』テレコムによる作画。
 アクションが派手な『キズナ』に続くと、超絶地味な作画内容が衝撃に感じられる。
逃げ場のない日常芝居が丁寧に繰り広げられ、描く大変さを考えると気が遠くなってしまう。
 三十分以下の時間内で、人間一人の人生と時代の移り変わりを、状況説明や内心を語るナレーションに「頼らず」、不足なく描く巧さに感心。
 夜の暗さとランプの「火」による暖かい明るさ、電灯の強力な眩しさなど、重要な部分に気を遣った演出も素晴らしい。
 ダークサイドに転落して当然か…と思う重い展開ではあったけれど、「挫けない人の強さと、そうして得られる人生の充実感」を示して終わる物語が嬉しい。
 見終わって、省略された・語られなかった部分、雑貨屋バアサンの人生や、その時々の奥さんの気持ち等、色々と想像してしまう、余韻のある作品。

『万能野菜 ニンニンマン』
 少女向けアニメ…のようでいて、大きなお友達にも向けた内容。
 特に、夢で現れる軟体ヌメヌメお母さんの触手が妙に色っぽくてドキドキ。
男の子が、こんな変な夢見て夢精でもしてしまったら翌朝は母親の顔が見られなくて大変…あ、これで一本漫画が描けそう。
 そういやミルクの妖精?なんて、メタファーというか そのまんまじゃないか。
 不思議キャラ達と「出会う方法」はともかく、「別れる方法」が、なかなか少女アニメでは有り得ない、合理的だけど うううーんなモノで、想像してしまうとエロというか何というか。
 物語は他愛なく、シリーズの第一話(もしくはパイロット版)として必要十分。
 一本で完結するストーリーとしては、設定されたヒロインのトラウマが解消されず終わってしまい、物足りない。
事件と絡めて、時間内に取りあえずの解決を見ることは、そんなに難しくないような…
 でもまあ、シリーズで見たい作品。
軟体お母さんだけでも(しつこい)。

『たんすわらし。』
 Production I.G制作、黄瀬 和哉 初監督作品。
 黄瀬 和哉…という事で期待される超高密度作画とは真逆の、簡略化されたキャラクターによる ほのぼのアニメ。
しかし、見ていればレイアウトや日常動作など、非常に高いレベルにあるのが分かる。
 「物足りない・華のない顔」にデザインされたヒロインが、ハッとする変貌を遂げるシーンの的確さとか、全体を抑えているが故の良さ。
 これ、ヒロインがOLだという事もあるけど、OLを視聴対象としてノイタミナ枠辺りでシリーズ化すれば当たりそう。
地味で代わり映えのしない日常が、不思議なキャラクター達の乱入と、何より彼ら彼女らにより生じさせられたヒロイン自身の心境変化により、輝いて・楽しく見えてくる、ココを丁寧に描けばオトナ女性の共感を呼べるものに出来るだろう。
 唇が肉感的な容貌担当少女(?)が、イイなあ。
料理が得意な板前少年も一家に一人欲しい…とか思わせられたら、作品の術中に嵌っている。

 四本通して、変に分かり辛くしたり実験的にせず、きちんとエンターテインメントしてくれてるのが嬉しい。
 今後もこの試みは続けていくそうなので、新たな作品群を楽しみに待ちたい。

『日常』05.「日常の第五話」

『日常』

 原作は、ホンのちょっと読んだことがあるか…ぐらいでほぼ未読。
 京都アニメーション制作、という事でクオリティーに期待してしまうが、見事に応える内容。
シャープでなく垢抜けない(失礼!当然ながら「悪い」という意味ではない)原作絵の雰囲気を上手く再現し、高いレベルで心地良く見せてくれる画面作りの巧さは、さすが。

 「日常」っていう、検索には不向きなタイトルがよく通ったもの。
 自作のロボット少女と暮らす天才(とはとても見えないが)幼女とか、仏像好きな恐ろしいほどのマイペース女子校生、天然モヒカン少年に、重火器を駆使する女子校生など、とてもじゃないが「日常」とは言えない。
 かといって「SF」「ファンタジー」まで飛び切った内容でもなく、確かにドコかありふれた「日常」に片足を付けた内容ではある。

 原作じゃ、どういう処理になっているのか知らないが…落としかけたウィンナーを追いかける一瞬を引き延ばして描いたり、女子校生同士の全速力校舎内追いかけっこを長く続けるなど、一話に一回ぐらい執念の演出と作画で、何気なく描いてしまえばもう「日常」としか言い様がないシーンを、感心から呆れ、笑いへと変えて見せてくれる。
地力のある制作体制だから出来る、アニメならではの強引でパワフルな笑いの作り方。
 地味ながら、手間の掛かりそうな画面効果を使ってあったりするのもスゲエ。

 博士が可愛いなあ。
「はかせだニャン」は確かに萌え、というか幼女がネコ耳付けて「ニャン」とか言っているのを肯定的に評価する時「萌え」「可愛い」以外どー言えば良いのか。
 ゆっこは、通常の学園コメディーに登場すれば「強引で周りを振り回す女の子」だろうが、この作品の不条理で非日常なパワーには抗しきれず、度々負けて酷い目に遭っている。
自分のペースに友人達を巻き込もうとして、叩いて被ってジャンケンポンやコックリさんを仕掛けるけれど、「拒絶」という なかなか有り得ないリアクションを示されてしまう意外性が可笑しい。

 気楽に見られるアニメ…だが、油断できない作品でもある。
 面白い。

映画『黄金の法』

 テレビで放送された映画『黄金の法』を見る。
 大川隆法が主催する宗教団体・幸福の科学、四本目の映画。
 映画一作目『ノストラダムス戦慄の啓示』は見た…ような気がする。
特撮をそれなりに頑張っていた…っけなあ、もう記憶がオボロ。
ストーリーとか、無いと言って良い程度のモノだし。
 『ヘルメス-愛は風の如く』『太陽の法 エル・カンターレへの道』、本作以降作られた二本の映画は見てないかな。
今、調べて分かったけど、なるほど、ヘルメスについて、多分映画二作目で(この団体としての)説明が終わってる訳ね。
だから、四作目でヘルメスがエラく重要な、凄い存在として扱われているのだろうが、二作目を見てない人間には???と疑問符ばかり。

 主人公の家の庭に突然落ちてきたタイムマシンへと乗り込み、未来人少女と共に色々な時代を旅するのが、メインストーリー。
 時間旅行の途中、ヘルメス・仏陀・キリスト他 歴史上の有名人物と次々出会うのだが、主人公が彼らと深く関わる訳でなく、かといって傍観者として彼らの生き様や考え方を適切に切り取る訳でもなく、独自の見方に基づき「こういう人達が居ました(居たとされています)」というのをポンポン提示するだけ。
 一応は、タイムマシンの不調やら現代に帰れなくなるかも!というストーリー上の仕掛けはあるが…
帰れなくなりかけるのは主人公がワガママ言い出したからだし、そもそもこの少年・少女が何を考え・何を求めて時間を旅しているのか理解できず、お話に入れない。

 物語としての出来はともかく、もうちょっと、こう、「幸福の科学とはこういう教義を持つ宗教だ」を、せっかくアニメなのだし子供にも分かり易く説明する内容なのかと思っていたが、一見さんお断りぐらいの独自設定と異次元思想に満ちており、入れない。
この映画を素晴らしいと思える信者になれ!という事こそ、この宗教の目的なのかも知れないけれど。
 ラスト、恐ろしく唐突に「これら歴史上の偉大な人物と同じ(越える?)偉大な方が現代にもいらっしゃる、それこそエル・カンターレ(大川隆法)である」という事で締めるから、まー言いたいことはコレだけか。
 偉人達の優れた資質をよりパワーアップして持つのがエル・カンターレである、とか、時空を越えて悩める彼らの人生をエル(以下略)が導いた事にするとか、俺様映画にしたって、もうちょっと気の利いた構成がありそうなもの。
偉人達を襲う悪の波動に対し、絶体絶命の局面でエル(以下略)が現れ、論外な強さで退治して世界中から崇拝を受ける、ぐらい徹底した内容にして、せめて信者だけでも拳突き上げて喜べるよう作ってやれば良いのに。
 未来で、幸福の科学が世界の中心的な位置を占めるようになっては「いない」様子とか、妙に冷静な視点があって。

 一般的意味での面白さは最初から期待していなかったので、時間を無駄にしたのは事実だけど、自己責任。
 もっとムチャクチャに弾けてくれると嬉しかったかなあ。
エル・カンターレに話を持っていく部分さえ除けば、よくある「何を面白いと思って欲しくて作ったのか分からないアニメ」の一本に過ぎないから。

『アスタロッテのおもちゃ!』03.「すれ違いのパーレン」

『アスタロッテのおもちゃ!』

 原作未読。
はー、原作タイトルは『ロッテのおもちゃ!』なのか、商標に引っ掛かる関係で変えたのかな。

 とにかく作画に力が入っていて、アスタロッテや お世話係の女性達、明日葉に直哉まで、無闇矢鱈 可愛い。
ここまで強力なストーリーがないこの作品にとって、性格付けやリアクションに加え、演出・作画の頑張りによってアスタロッテを…他の女官達も…可愛く魅力的に見せるのは、視聴を続けてもらう手段(あるいはこれこそ目的なのか)として必要不可欠。
 第一話から長い入浴シーンがあったり、美少女乳搾りが行われたり(画面には出ないが)、ぱんつをチラチラ見せたり、明日葉がノーパンだったりという色っぽい仕掛けも、同様。
 何をもって作品を見続けてもらう動機とするのか、きちんと絞り込まれているのは結構。

 お話自体は、割合よくあるハーレム物。
 23歳男性主人公が10歳の妹持ち…かと思えば、娘?というのは独自色か。
13歳の時の子供、ではフツーに考えると無理があるため(射精して受精させる事自体は可能な年齢かも)、何かしらの特殊な設定ありだろう。
 娘がアスタロッテと同じ年齢で、そのため「子供の扱いに慣れている・上手い」からアスタロッテの歓心を得ることが出来る、というのは説得力のある持って行きよう。
 だからこそ、アスタロッテを恋愛対象に見るのは難しそうでもある。
大体がボーッとしている感じのお兄ちゃんだし…よく子供を作れたなあ。

 負担無く気楽に見られるアニメ。
 作画は引き続き頑張って頂き、あんまりシリアスにしないでもらえると嬉しい。
 視聴継続。

『もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)』03.「みなみは人の強みを生かそうとした」

『もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)』

 原作未読。
 話題は聞いたことがあり、凄く売れているのも知っているが。
 ドラッカーも勿論読んでおらず、内容も全く知らない。

 野球に別の発想・論理を持ち込み、女子マネージャーが作戦参謀のようになって勝利を収めていく話…だと勝手に思い込んでいたけれど、そういう訳じゃないのね。
 三話まで見た限り、元々ある程度の実力を持っている野球部が、人間関係や練習法など様々な問題を抱えているがために力を十分に発揮できないでいたけれど、マネージャーの努力や たまたまや必然でもって次第に効率的に機能し始め、本来あるべき力を取り戻す、って感じなのかな。
 ドラッカーからの提言として語られている内容は、そんな独創的であったり衝撃的でなく、言われてみれば ごくごく当たり前の事ばかり。
分かっているけど実行できない、その方が良いと思っても躊躇ってしまう事を、経営学の観点から洗い出し、改めて「やった方が良いんだよ」と語るところに大きく意味があるのか。

 マネジメント、という本を野球へと使う所にテーマがあるので、野球をどう面白く描くか、辺りは弱い。
野球部の廃部を賭けた試合を設定するとか、憎々しいライバルチームを出す、といった仕掛けはしておらず。
 ストーリー面だけでなく、演出・作画共に過剰な気合いは入っておらず、緩い印象。
 そのため、気楽に見られて良い、あるいは、どうも集中力に欠けてしまう、どちらかの感想になるんじゃなかろうか。
自分は、後者。
 つまらない訳ではないので抵抗もあるけれど、今期は見ておきたいアニメが多く、ここまでに。
プロフィール

飛龍 乱

Author:飛龍 乱
HPはこちら。
ですが、現在HPは更新できなくなっています。

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