オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

『LUPIN the Third -峰不二子という女-』最終13話.「峰不二子という女 (後篇)」

 この作品で語られたのは、確かに「峰不二子という女の物語」ではあったけれど、本当のこと…ではなく、「誰かによって作られた、誰かが見たいと望んだ、嘘の物語」だという真相が明かされた。
 望んだ相手は、アイシャであり、アニメの制作者であり、視聴者でもあるってことになるのかな?
 自分として、これが望んだような終わり方だったかは微妙。
確かに、まだ手つかずだった不二子の幼少期について、あんまり勝手に設定を作って欲しくはない、という気持ちはある(ルパン各作品ごとの設定齟齬は今更だけど)。
しかし、ここまで見てきた話を全部「嘘」「そう思わされていただけで実は他の女性の幼少期」とする謎解きをされて、嬉しいかどうかと言うと……

 不二子が抱えているのは植え付けられた他人の記憶である、とする伏線はあったんだっけ?
嘘はよく語られていたし、幻覚を見せられるシーンにしても何度となく登場しているのだから、予測してしかるべきか。
 フクロウ執事がアイシャ母だという真相にも驚いたけど、無理がありすぎるというか、イイ歳だろうにルパンに匹敵する身体能力を発揮して、どんな母ちゃんだよ!としか。
まあ、この正体については誰も余り興味を持っていなかったろうし、顔を出さないままどこかへ去っていっても特に不満のないキャラだったから。

 ルパンは原作でも、「驚かせたいためだけの意外なオチ」が結構あって、伏線とか必然性とか置き去りにされていること、珍しくない。
 なので、取りあえず色々納得しておくなら、背負わせた、耐えきれないぐらい辛い自分の過去があっても、自由奔放に動き回り人生を楽しんでいる不二子に、 有り得たかも知れない自らの姿を重ねているアイシャが悲しく、残酷で切なくて、それはそれでアリの真相解明には思えたけれど。
 水辺で楽しげにする不二子を見ながら、穢れない少女の表情に戻って眠るように息絶えるアイシャも胸に迫る。
 ただ、うーん、これぐらいの終わり方なら、二時間スペシャルか三十分枠前後編、あるいは三十分一本でも良かったような。
それなら「時間の都合」で変なところが生じたり急転直下で終わらせるのも、十分納得できたろう。

 再登場させたオスカーの扱いが不憫。
銭形と深く絡むでなく、印象的に死ぬことさえなくて、どうなったかも分からずフェイドアウト(銭形が手にしていた物から恐らく死んだんだろうが)。
 爆弾を抱きしめての爆死で終わらせた方が良かったなあ。
 このシリーズと同スタッフでのテレビスペシャル等が企画されており、そこでまた登場の予定、というならまだしもだけど。
 いっそ「実は女でした」として、罪を償った後ウヤムヤのウチに銭形のヨメとなり、時折名前を出される銭形の娘・とし子の母親になった、でも個人的には構わないのだが。

 全体に。
 剣呑で格好いいルパン、削いだような鋭さを見せつつルパンにはやられてしまう次元、いくつかのエピソードの面白さなど、見所は少なくないシリーズだった。
 逆に、ラストで多少盛り返したものの、輝きに欠けることの多い不二子は残念。
ドコまでも追ってくる無差別銃撃ターミネーターモードの不二子は、魅力的かはともかく、割と好き。
 態度は偉そうだがまるで実力を発揮せず、「不二子とやった」ことばかりが印象に残る銭形も、不満。
いっそ銭形を出さないシリーズにする手もあったと思うなあ、ルパン達と別の角度からフクロウ伯爵の犯罪行為を捜査しており、最後にルパンと顔を合わせるだけにするとか。
 五ヱ門は…悪くないけど扱いが軽い。
何でも真っ二つにする堅物サムライ、という既存イメージ以上の収穫は少なく、制作者が彼に余り興味を持っていないのではないかと思うほど。
 テーマに関わるエピソードには余り心を引かれず、好きだったのは一話「大泥棒 VS 女怪盗」や五話「血濡れた三角」なので、次回シリーズがあるなら、何でもアリな各話バラエティー構成にしてくれると嬉しい。
それで面白い話を書ける脚本家は少ない、というのが問題だろうが。
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『這いよれ!ニャル子さん』最終12話.「夢見るままに待ちいたり」

 ニャル子ら含み人影が全く見えなくなった街を、真尋が彷徨う不安感を表すのに、友人に向け掛けた電話が公衆電話のベルを鳴らし続ける『うる星2・ビューティフル・ドリーマー』の不条理イメージが使われており、ちょっと懐かしい気分。
 こういう、パロディーというか引用というのか、見覚えのあるシーン、聞き覚えのあるセリフを頻出させるのが、このアニメの特徴だった。
使い所が絶妙だったり元の意味を引っ繰り返したり、そういった「上手い!」と思わせるパロディーは余り多く感じられなかったけれど、独特の雰囲気は作り上げられていたと思う。

 クトゥルー…宇宙人であるニャル子の特異性、人間との差異がほぼ全く感じられなかったのが惜しい。
変身したり超能力を発揮したり、バトル方面では勿論、人間では有り得ないところを見せてくれたが、作品の大部分を占める普段の生活・真尋との関係性においては「普通か、普通以上に一途な女の子」としての側面しか描かれなかったので。
 真尋視点からでも、「外見・性格共に可愛いニャル子だが、ココが自分達と大きく異なっており、だからその愛情を受け入れるのに抵抗がある」といった部分を彫り込んで欲しかった。
 前も書いたけど、ニャル子は『イカ娘』ほども人間との違いを感じられず、だから真尋がどうしてそんなに彼女を拒むのか実感的に理解できなくて。
 真尋は「顔が可愛いだけ」で男の子としての魅力が無く、ニャル子が彼のドコにそこまで惚れ込んだのかもよく分からないため、彼女の魅力まで下げてしまう。
それでも、ニャル子に対し暴力的なリアクションを返すところさえ無ければ、「ニャル子が好意を寄せる対象」とだけ捉え、感情移入できた可能性はあるが。

 中身が入れ替わってしまうエピソードで、真尋に入ったニャル子がトイレで一人、「深夜アニメとはいえ放送に適さない行為」に及んだらしく、満足した表情と言動を表していたのが可笑しかった。
こういうパターンでは、意外と純情なところを見せ、何も出来なかったりするものだけど、容赦ないなあ(笑)。
 細かいことを考えず、力を抜いてダラッと見るには悪くないアニメ。
 見た人から、ニャル子、あるいは他のキャラ誰かに対して好意的な反応を引き出せたなら、成功だと言える作品じゃなかろうか。
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『氷菓』10.「万人の死角」

 もっとメタ的な謎解きになるかと身構えていたが、割合正統…といっても叙述トリックだけど。
 映像化作品だからこそ分かり易く描けたトリックに思える。
しかし原作は小説なのか。
どういう表現をしているのか、ちょっと興味があるなあ。

 観客を驚かせるためだけのトリックで、だから映画中の登場人物にとっては意外な真相でも何でもなく、謎を解き明かす「探偵」役の人間を必要としない、という考え方が面白い。
 『涼宮ハルヒ』の自主映画のように、「アマチュアの未熟な撮影技術」を「高度なアニメーション技法」を使って再現して見せたこと、それは単に(いつもの ように)過剰なほど力の入った画面表現なのだと思っていたけれど、そこに意味があった、とする引っ繰り返し方は、京都アニメーション以外の会社が制作した 場合、ここまで無理なく見せるのは難しかったろう。

 当然、これでこのエピソードは終わり、と思ったのに、まだ続くのか!
 小道具の1つぐらい無駄になったって別に構わないような。
脚本家が意図した謎解きが、奉太郎の考えたものより優れている保証も無し。
 でもまあ、どう変更を加えて全ての要素に整合性を持たせるのか、次回が楽しみ。
 「脚本を書いたのは誰で、現在どういう状態にある?(何日も口もきけない、って、相当重い病気?)」というのが個人的には気になるんだけど、ここは謎なのかどうなのか。
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『機動戦士ガンダムAGE』37.「ヴェイガンの世界」

 拘束されたキオは、ヴェイガン本拠地へと連れて行かれる。
 火星圏までは相当距離がありそうな気もするけど、時間経過はどうなってんだろ?
EXA-DBの中には、超高速航法のデータもあったんだろうか。

 さすがに子供のキオを相手に拷問が成されるような展開はあるまいと思ったけど、予想を遙かに超える緩い迎え入れられ方。
イゼルカント、キオが息子に似ているとはいえ、ヒイキの引き倒しが酷すぎるような。
ザナルドの苛立ちも当然(クーデターありそう)。
 貧民街の見学に出されるキオ。
貧しい兄妹との出会いを通じ、ヴェイガンが直面している窮状と希望を知り、彼らを単に「敵」とばかり考えられなくなる…というのは、パターンながら無難な流れ。
 しかし余りにもイゼルカントの狙い通りで…例えば行くアテのないキオが公園でぼんやり噴水を眺めて一日過ごす危険性さえあったと思うが、その場合どうするつもりだったんだろ?
 全てイゼルカントの仕込み、兄妹からカッパライ少年まで劇団所属の役者、実はそんな奇病など存在すらしていない、という裏を読みたくなってしまうけど、恐らくココは見たとおりに受け取るべきなんだろうな。

 奇病の伏線はあったんだっけ?
ヴェイガンの苦境を訴えるセリフの中では登場していた…かも知れないが、これさえ無ければ彼らはあのコロニーで、高度な技術を用い、割合満たされて暮らすことも可能だったかと思う。
 地球への怒りを裏打ちする重要な部分だと思え、ヴェイガン兵士が我が子の発病を嘆くとか、自身病魔に冒された幹部をここまでに登場させておくなど、強く印象に残すべきだったろう。

 イゼルカントは、何歳?途中コールドスリープを挟んで、どれくらいの期間生きてきたのか。
その年月によっては、彼の死んだ扱いされている息子が地球圏へと流れ着き、アスノ家の先祖になった可能性も作れるか。
 フリットの父…いや、いっそフリット自身がイゼルカントの息子だと無理にでもしてしまえば、「ヴェイガンの次世代を担うはずだった『王子』が、ヴェイガンを憎む最強最悪の敵となった」という因縁話に出来るなあ。
 今更だけど、ゼハートをコールドスリープさせ、キオ編でも若いままにしたのはどういう理由?
彼が普通に歳を重ね、アセムと同い年になっていれば、今回キオが出会った兄妹を「ゼハートの子供達である」として、ちょっと分かり易すぎるとは思うけど 「地球側に潜入したゼハート、ヴェイガンの街に放たれたキオ、二人ともそこで立場を偽り、友達と出会う」という相似性とか、「地球とヴェイガンの垣根を越 えた友情は、子供達の世代で結実させることが出来るのか」といったドラマに出来るのに。

 イゼルカントが、アセム編で失敗を重ねるゼハートを司令官に据え、何だか間が抜けた戦略を採り続けていたのは、地球人に生きる意味を考えさせ、生き残る価値があるかを問うため。
死に直面し、死ぬほどの痛みを与えることで命を実感させる、『SAW』ジグソウのような、大きなお世話の考え方。
 しかし、地球側にだけでなくヴェイガンにも(こちらにこそ)大量の戦死者を出し、モタモタしてる間に奇病で国民がバタバタ死んでいくという状況下、こんなテツガクを貫いてる場合なのかなあ。
 奇病は伝染性?火星からの影響により発病する?
後者であれば、ヴェイガン・テクノロジーを用いて本拠地ごと、あるいは移民船を仕立ててとにかく火星から離れれば良いような。
地球にコッソリと少しずつ移住しても良いし、地球上の四割を勢力下におく現状なら大規模移民さえ可能なはず。
 国民の安全を確保した後、テツガクでも何でもやれば良いのに。
 貧民街の悲惨な暮らしと、イゼルカントの王宮・豪華な生活を描いていることから…独裁者の例に漏れず彼も下々の苦悩など意に介さないのか。
息子の霊を慰めるため、ヴェイガン全体の殉死をこそ目論んでいるとか。

 EXA-DBに入っていたのは機械的兵器のデータばかりではない、「生物兵器」の製造法も記載されていた。
 奇病を作り出したのはイゼルカント。
国民の意志を絶望の元に統一し、コントロールしやすくするため。
 このぐらいダークな真相なら面白いんだけど。
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『LUPIN the Third -峰不二子という女-』12.「峰不二子という女 (前篇)」

 今回も銭形はマトモな警官の姿を見せ、じゃあ不二子との肉体関係は何だったのかと不思議な気持ち。
 この作品で描かれる銭形の感情変遷は、
情熱ある警官?→汚職を強要されクサる→浮浪少年(オスカー)に感銘を受け勇気を持って腐敗を告発→覚悟の上だったろうが上層部から嫌われ不遇な立場に追いやられてヒネくれる→部下のオスカーがあの時の少年だと気付き(気付いてない?)正しくあろうとした気持ちを思い出す
といった所…なのかな?
 銭形の物語ではない、とはいえ、描写が不足していて読み取り辛い。

 ああ、少年オスカーと若い銭形に「誇り・正しさ」を共通させ、年月を経た二人にもダークサイド部分「対象(オスカーは銭形、銭形はルパンら)確保のためなら非道な手段を使っても構わない」考えを同じくさせて、殺人を犯すまで暴走したオスカーの死…死ぬんだろう…と共に銭形の暗い部分も喪われ、多くの視聴者が抱く銭形警部像が完成する、といった心づもりなのかな。
 いや、ルパンが不二子の出自を知ってしまっては「女盗賊か、女スパイか、この俺にも分からない謎の女」ではなくなってしまうため、最終回でレギュラー全員が超高濃度のフロイライン・オイレを吸入し、ここしばらくの記憶を失ってしまい、次元は「あれ?オレはなんでこのモンキー面と一緒に居るんだっけ?何となく気があってるし、もしかして組んで盗みを計画してたのかな?」と思い、相棒になり、ルパンは「何故だか不二子は特別な存在のような気がする」と考えて追い続け、銭形は吸い込み方が激しすぎて純粋だった若い頃まで記憶が戻り闇雲に「逮捕だー!」と叫びだす、なんて終わり方だったら大変だろう。

 オスカーは生きていた。
 ウヤムヤに爆死で終わらせなかったのは良いけれど、あれより納得のいく最期は用意してあるんだろうか。
 次で最終回?不二子の物語として一応の完結を迎えるにも時間が足りなさそうなのに、オスカーに時間を取られる…のだろう…構成は正しかったのかどうか。
 それは、最後まで見てから、また。
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『氷菓』09.「古丘廃村殺人事件」

 人死にや陰謀や意図して作り上げた不可解なトリック…そもそもほぼ「犯人」が存在しない推理物(と言って良いのか…)なので、殺人事件を扱うようなことは無いんだろうと思っていたが、ああなるほど、劇中劇として見せる手があったか。
 未完成なまま放置されたミステリー映画のオチ、というか、その後を考える、というアイディアが素晴らしい。
 劇中で見せられたフィルムから、「こういうトリックで犯行が行われた可能性は、フェアな作品である限り、ない」ということはいくつか読み取れるけれど、「この人が犯人、方法はコレ」までは分からず。
まだ解明編でないため、それで当然な作りなのか、「賢明な視聴者の皆様は既にお分かりでしょう、バカな方はまだ無理でしょう」ぐらい情報が提示されているのかも不明。

 犯人・犯行方法に興味が集中する内容だと普通に思っていたため、今回の、「作品ジャンルは何か?」という所から問い直す語り口にビックリ。
 そうかー、そういう手もあったかー。
 実は悪霊による連続殺人が起きるストーリーでした、として、脚本担当の生徒が「どうしてそんなものを書いたのか?」を解き明かしさえすれば、この作品としては立派に謎の解明が成されたと言える。
 それ以前に、クラスの命運(大袈裟)を賭けて、少なくない労力を払い撮影する映画に対し、脚本が完成していないままスタートする、のみならず、シロウト脚本ではトンデモない内容に転がり落ちていく危険性もあるのにオチの了承すら得ていない、という事態が起こりえるのか、そこを解いていく可能性も。
 『名探偵コナン』でやったらアンフェアすぎると怒られても、この作品は平気。
面白いなあ。

 以前の、部誌「氷菓」の謎を解く話。
ここまで関わってきた小さな推理の事件や対象物や関係者が、全て「伏線」「小道具」として繋がっていく構成の巧さに唸る。
 温泉宿怪奇事件。
真相そのものより、姉妹という関係に寄せる千反田の思いを、失望から救済に導いていく作り方が嬉しかった。
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映画『トロン』『トロン:レガシー』

 WOWOWで放送された映画『トロン』『トロン:レガシー』を見る。

 1982年のオリジナル『トロン』。
 公開当時、劇場で見たはずだけど、「CGのバイクがワイヤーフレームの床を走っていく」シーン以外、ほとんど憶えていない。
 どうしてこんなに記憶がオボロなのか…という疑問は、再見して氷解。
「ある程度はコンピューターに関する知識がある事を前提として作られている物語」だから。
 この当時、コンピューターに対して持っていた正確な知識と言えば、「人間の次の行動をも先読みする万能計算能力を持つ」「うかうかしてると不合理で愚か な人間に反逆し自らの支配下に置こうとする怖い機械」ぐらいのもので、映画に描かれた「PC内世界の具現化」なんて、何のこっちゃ。
 そんなに難しい事を描いている訳ではなく、今見れば、世界の提示や会話情報など、特に分かりにくい部分も無いのだが。

 ストーリーとしては、ファンタジー物によくある「異世界へ行って魔王を倒し戻ってくる」パターンそのもの。
ここは、ありふれ過ぎていてオリジナリティーを打ち出そうとする工夫に乏しく、危機感も葛藤も驚くほど弱いため、まるで印象に残らない。
 最後の戦いは何がどうしてどうなったのかよく分からないけど、「主人公が勝った」事だけ見て取れば問題ないんだろう。
 人体に光るマーキングを施し、ほぼ同じデザインのコスチュームを着せ無機質さを強調したのは良いとして、時々誰が誰か分からなくなるのは困りもの。
主人公は居るだけでキャラが薄く、なのにPC内キャラには突然設定が付加されたりするのも宜しくない。

 CGが売りの作品だったけれど、そこに留まらず、物語やキャラクターに面白味があれば、猿の特殊メイクのみに頼った訳ではない『猿の惑星』の如く歴史の風雪に耐えたかも…
 実際は、忘れ去られても仕方ない映画。


 『トロン:レガシー』。
 前作のリメイクでもニュー・ビギニングでもなく、続編。
 余りにも時間が空きすぎているし、「誰でも知っている内容」ではないため、これは不親切だなあ。
 もっとも、世界観やキャラの一部が重なっている、という所を除けば、この映画だけでもほぼ理解できる内容じゃなかろうか。
これで分からないなら、前作を見てもやっぱり分からないと思う。

 画面への凝り方はなかなかのもの。
CG技術の進歩を実感できる。
 前作に出て来たメカを考察し、新設定を咥え、説得力ある映像で有用に使って見せてくれるのは嬉しい。
鳥居型飛行メカは、なるほどこうやって着地し、ああやって乗員を降ろすのかあ、とか。
 床にラインを引き合うバイクバトルも、フリスビー対戦も、画面的にケタ違いのパワーアップ。
反則気味のやり方で勝ったり逃亡を図る主人公が、プログラムの枠にハマっていないようで楽しい。
 前作では「生活感を排除する事で機械的世界を表現」していたのに対し、新作は「汚しを入れ現実に近付ける事で絵空事の機械的CG世界にリアリティーを出そうとしている」という、真逆のアプローチが面白い。

 ヒロイン、外見や戦闘能力は魅力的なんだけど、あまりにフツーの女性然としているのが不満。
人ではない、欠けた部分を感じさせる方がキャラクターを深めたと思う。
 主人公と父親の関係など、葛藤を予感させながら、実際はごく薄い描かれ方。
 前作に倣い、なのか、最後の辺りは分かったような分からんような。

 まあ、「CGだけが売り」だったオリジナル『トロン』の続編として、意外なストーリー展開や感動を求めるのは間違っており、CG技術がどれだけ進歩したかの提示や画面構成・メカへの凝り方など、「期待」には応える映画だったと思う。
 でもこれも、数年後にはすっかり忘れていそう。
 また十数年後、今作主人公の息子でも中心に据え、次世代のCG見本市として映画化が企画されるかも知れないなあ。
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『機動戦士ガンダムAGE』36.「奪われるガンダム」

 キオ・ガンダムの危機は続く。
 AGE1強いなあ、フリットの腕が良すぎるのか。
機体性能の差(そんなにはない?)などモノともせず、ヴェイガンの幹部クラス特殊MS二機を相手に善戦。
一対一なら軽くヒネっていたかも。
 連邦軍は、新型機の開発をするよりフリットのクローンを作った方が効率的。
5人も居ればヴェイガンを圧倒して余りある。

 キオなら、一度は逃げても戦場に戻ってくると予測するゼハート。
以前の接触から生真面目なパイロットだと分かっているからか…ええと、現AGEパイロットはフリットの孫だとも知ってるんだっけ?
 ゼハート機をAGE1に叩き付け、自機帰還の時間稼ぎに利用するザナルドの酷さが可笑しい。
 イゼルカントのため、AGE奪取には成功したのだから良いと、腹も立てないゼハートの冷静さ。
自分が中心になって作戦を遂行しては失敗続きだから、もう裏方で構わないと考えた?
 部下による援護射撃を忘れず誉める、司令官としての度量もなかなか。

 今回のヴェイガンの目的はAGE3そのものだと分かっていたのだから、キオは、ジジイを思う余りとはいえ戦場に戻るべきではなかった。
むしろディーヴァと共に脱出を計れば、ヴェイガンは、無用に手こずらされるAGE1など放置して追撃に入った可能性がある。
 …いや、こう理性的な考えを採ってくれたかは分からないけど。
彼ら抜けてるからなあ、本来の目的を見失い、ムキになってAGE1を破壊しようとすることも有り得るが。

 未熟艦長・ナトーラも、今回は難しい選択を迫られる。
AGE3を奪われることで生じる後々のマイナスを考え、自艦が危険に晒されようとキオ・ガンダムを救出するか。
艦長として艦全体を思い、全滅のリスクを避け脱出してとにかく体勢を立て直し、追撃の計画を練るか。
 どちらも間違っていない判断で、実に難しく、だから面白いシチュエイション。
 艦の体勢や攻撃方向をコントロールすることでヴェイガンMSを敵母艦との直線上に誘導し、一撃で両者の撃破を狙う…というのが名艦長、どころかスーパー艦長だろうけど、彼女にはまだまだ遙かに遠い境地。
 結局、選択をしないままディーヴァは助かる。
肩透かしだなあ、でもまあ人間、そう簡単には成長しないということか。
 「恐怖に思考が停止しただけ」に見えたが、「フリットの指示に疑問を持った」「ちゃんと艦長をやれている」と誉めて延ばす方向のアビス少佐は、未熟者の扱いが上手い。

 孫可愛さに、冷静な判断力を失うフリット。
 ディーヴァから援助を得られる訳でもなく(パーツは受け取ったみたいだが)、海賊の立場で連絡をする必要も無かろうに、父親にキオ奪還作戦の許可を求めるアセムが可笑しい。
 アスノ家の男共は、みんなまだ未完成だなあ。
 比べて、フリットを諫めるユノアは大人。
 子供達を使い(使った訳じゃないか)、フリットからさえ笑みを引き出すウェンディの、おおらかな「母親」加減も見事。

 キオはすぐ助け出される…と予想したけど、ああ、ヴェイガンの内部状況を目にすることになるのか。
 そういえば、先進の戦闘機体や優秀なパイロットばかり見せられ、連邦を憎むに到った悲惨な彼らの暮らしぶりは、セリフ以外でちゃんと示されたこと無かったな。
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『LUPIN the Third -峰不二子という女-』11.「愚か者の祭」

 このアニメのオリジナルキャラクターである、オスカー警部補を掘り下げる話。
 銭形との出会いはこんなだったのか…しかし、少年期から女性っぽかった訳でもないオスカーが、命を助けられ、人生の道を示してくれた恩義がある、とはいえ、尊敬や友愛から飛んで「銭形への肉体的愛」に到るものかなあ。
うーん、でもまあ、短い時間で動機付けを行うにはこのぐらいが妥当なところで、自分でも似たようなことを考えた覚えがあるから良いとして。
 銭形が少年オスカーを引き取って警察学校へ進ませ、成長と共に自分の部下として取り立てたのかと思えば、あの時の少年だと気付かないぐらい長く会ってもいなかった?
 貧民街の人間っぽいオスカーが警官になって警部補まで登るにあたり、「フクロウ伯爵の助力・関与があった」とすれば良かったような。

 銭形は、一連の偽装不二子事件がオスカーによるものだと気付いていたのか?
何か分かっているっぽい部分もあったけど、何ら手を打つこともなく(過去語りで余計に追い詰めたかも)、いつものように「思惑ありげなところは見せるが実は無能気味」で終わってしまった。
 出世を諦めても汚職上司を告発した銭形が、拘束中の不二子と肉体関係を結ぶような不埒な行いをするかなあ?
二面性を持つキャラクター…というほどでもない、人間が持つ正邪両面を描こうとするもの、という明確な狙いがあるなら良いけど、「一般的銭形のイメージ」と「このシリーズでちょっとやってみたかったこと」のぶつかり合いが生じているとすれば、ちょっと困る。

 警官を殺すオスカー。
もう許されないところまで来てしまってはいたが、爆弾を抱いて死ぬ決断は少々意味不明。
 銭形に捕まりたい・殺されたい、しかしそれでは彼の心に傷を残すことにもなりかねず、誇りを抱いての爆死を選んだ……いや、上手くまとまらないな。
 オスカーは、不二子の対極、あるいは実のところ相似形の存在だが選択の違いが運命を大きく分けていく、といった形に出来ると美しかったかも。
 ラストでオスカーの見る幻、あれが「フクロウに掴み取られた」ものだとすると、伯爵に助けられたとして再登場も?
単に「彼が最後に見ようとした幻さえ無残に断ち切るフクロウ」を表したのなら、これで出番終わりか。
 終わりだとすると、あんまり有効に使えたキャラクターだったとは言い難い。
 カッチリ出来上がったお馴染みキャラクター編成の中に、オリジナルキャラを混ぜるなら、それが作品の中でどういう役割を果たすのか、もっと煮詰めて作って欲しかったな。
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