オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

『ふらいんぐうぃっち』最終12話.「魔女のローブと日々は十人十色」

 ほのぼの魔女っ子アニメ、終了。
 『魔女の宅急便』との類似を最初は感じてしまった。
宅配の仕事をせず高校生としての立場に甘んじながら穏やかに日々を過ごすキキの物語、と捉えられなくもないが、どちらかというと『ARIA』や『のんのんびより』の雰囲気。
 普通、「魔法がトラブルを引き起こす、あるいは魔法で事件を解決する」「超常的怪異に魔法を使い立ち向かう」といった話になりそうなもの。
そういう要素が皆無、とまで言わないけど、ごく薄い。
あくまで主題はふわふわっとした日常、そこに内包されて魔法がある感じ。

 原作はまだ連載中ということもあろうが、終わりっぽくない最終回。
一つ前の、空飛ぶクジラ話の方なら、まとめようによってはラストらしいエピソードに出来たかも。
でも「果てなく続いていく日常」を感じさせてこそ、この作品の最後に相応しいのか。
 魔女として優れた能力を持ちながら、驕らず他者を貶めず、迷惑を掛ける訳でなく困った時のお助けキャラでもない茜。
よくこんなポジションでキャラを描けるもんだ……しかも結構魅力的なのが凄い。

 見続けることに全く負担の無い、癒やし系アニメ。
 先が気になる、って内容ではないけれど、しばらくしたら、もう顔なじみのような気分になっているキャラ達に会いたくなりそう。
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『ハイスクール・フリート』最終12話.「ラストバトルでピンチ!」

 第一話のタイトルや冒頭のイメージに、ゆるーい美少女萌え軍艦コメディーを予想。
タイトルが変わり、緊張感ある少女達の戦いを期待してみると、これがそうでもなく、ゆるい。
呑気な内容だと思えば、海戦に臨み特に艦長・岬は乗員の負傷や死亡まで恐れるような反応を見せる(その割に乗員を置き去りで単身出て行ったりしてたけど)。
 方針がハッキリしていないような。
「演習に出発する心づもりしか持たない少女達。殺し殺される覚悟など持つはずなく、相手を傷つけず、自分達も無事帰りたいという気持ち」「本人も艦長としての自覚に薄い岬、少しずつ変わっていく彼女の成長物語」を描きたいんだろう、とは理解しつつも。

 味方艦船が突如敵対していた理由は、ハムスター風生物。
これもちょっとピンと来ないというか……全ては偶発的な事故(あるいは不手際)に寄るものであり、首謀者や陰謀など存在しなかった訳ね。
 「赤道祭で馬鹿騒ぎ」なんて、本来はキャラの旨味が凝縮されて最も楽しめるぐらいのイベントだろうと思うが、作品内容に上手く乗れなくなっていたため か、こんなことしてる場合なのかなあ?と(関係ないけど『ヤマト2199』の赤道祭も、苦しむ地球に対比して艦内パーティーの食料捨ててるような描写した り、違和感あった)。
 パラシュートで敵前大回頭するなど、海戦には一定のアイディアが掛かっており、制作者の努力が窺える。
そんなに上手くばっかりいくかなあ?はありつつ、「美少女のみ乗り込んでいる戦艦」にラッキーがあるのは当然か。
 こういう作品だ、というのが大体分かった現在、もう一度最初から見直せば、また印象は変わるかも知れないな。
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『キズナイーバー』最終12話.「世界中に、キズナシステムが広がって」

 TRIGGER・岡田麿里アニメ、完結。
 開幕しばらくはドコに向かっていくストーリーなのかよく分からず、混沌としているよう感じていたが、終わってみれば特にヒネくれた所も無く「強制的に付 けられた痛み共有システムから始まる、普通なら交わることもなかったろう互いにかなり面倒な個性を持つ男女が、深く繋がっていく物語」。
 キズナシステムって、作られた経緯から出資試験運用、まだ存続している現状まで、かなり無理のある設定だと思うけど、謎の伏せ方と実験対象者のリアクション、悲劇から感情を乗せて感動へともっていくドラマ展開で、この大きなウソを「アリ」にしてしまう巧さ。
岡田麿里構成作品の美点が現れてる感じ。

 痛みのみならず心の声までも共有してしまうキズナシステム。
つまり強化人間……戦闘に特化しない、ニュータイプ本来の発生理由だろう「人間同士のより深い理解を可能とする能力」を人工的に搭載し、人類を新しい段階に導こうとするものか。
 「青春ドラマ」として「そんなもの無くても友達になればいい」という終わり方で、それはキレイだけれども、大昔からそういう人間関係は存在して、しかし世界はこういう有様。
穏やかに生きる小市民なんかはともかく、世界のリーダー達はこのシステム埋め込まれてみたらどうかなあ、自分の行動言動がどれだけ世の中に痛みを与えているものか実感すべく……すぐ廃人になりそう。

 異常マゾの日染 芳春が、仲間内で一番大人だったように思う。
キズナイーバーの中から一人だけ友達になるなら、彼だろう。
 他の男女と交流するのはウザ大変そうだー、と言いつつキャラとしてはハッキリしていて全員面白く、投げつけられた試練に対する反応を見ているだけでも楽しかった。
もうちょっと彼らに付き合いたい……と視聴者に思わせられれば作品として成功。
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『ジョーカー・ゲーム』最終12話.「XX ダブル・クロス」

 最後まで、硬派な大人のドラマ。
 『007』『映画ミッション・インポッシブル』なんかはアクション主体なので論外としても、スパイ物にしたって、多少は派手なシーンがあったりするものだけど、これは徹底して地味。
心理戦を主体に、計略とその裏の掻き方、事件の真相究明等で面白く見せてしまう頭脳派な内容で、見応えあった。
 ストーリーは原作によるとして、抑えた上品な演出と手を抜かない作画が目に心地よい作品。
 しかし萌えとかバトルといった分かり易い売りがない、こういうアニメは商売になっているのかどうか、ちょっと心配。
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『迷家‐マヨイガ‐』最終12話.「ナナキは心の鏡」

 かなり最初の方で、もうこの作品は「多人数キャラクターが犯人により次々消されていく『そして誰もいなくなった』サスペンス」「連続する怪奇現象でキャ ラが悲惨な最期を遂げていくホラー」ではなく、「意表を突く展開、予想も付かなかった謎の解明」「持ち寄った心の傷が相互の関係により癒やされたりより深 くなったりする人間ドラマ」でもないだろう、というのは分かっていたこと。
 それでも「何か」あるだろうと、乗っている水島努監督に期待して見続けたけれど、一部のホラーイメージを除き、構成・岡田麿里作品に見られる難点を強く感じてしまうばかりの内容で、残念。
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『あんハピ』最終12話.「幸せな林間学校」

 基本的にほのぼのした内容なんだけど、単なる癒やし系ではなく、主要キャラが不運を背負っていること(しかし彼女ら自身はめげずにポジティブ)、学校から与えられる非日常的なミッションの数々が、作品を特徴付けていた。
 ヒロインらのような不幸生徒を集め、矯正しようとする天之御船学園の目的は、まだ本編中でハッキリと語られてない、ような。
花小泉の母親も同じ学校・不幸クラス出身らしいので、酷いことしようって訳じゃないんだろうが。
いや、「蠱毒」のように不幸を凝縮した生徒を一人だけ作り出し、存在を抹消することで人類全体の幸運率を上げるのが恐ろしい目的かも……逆に、人類が抱える不幸の総量が決まっているなら、過剰に不幸を集める個人が居てくれれば他の人間は負担が軽くなるのかな。

 花小泉・雲雀丘らのグループは、お互いを思い合い、フォローすることで不幸を緩和し、普通人以上の行動すら可能とする。
これは学園が狙った効果なのか、あくまで個人の運気改善による不幸脱出を目指してきたのに「こんな方法があったとは!」なのか。
 チームでのみ運気が良くなるなら、進学等により各員バラバラになってしまうと、元の木阿弥。
一生一緒に居られる結婚相手みたいな人と組にならない限り……花小泉の母親が現在不幸から抜けているなら、ダンナさんはそういう存在かも。
 学園も、男女混合チームを作った方が効果的なような。
看板男性に恋する雲雀丘を振り向かせるにはどうすれば良いか悩む男子生徒なんて、面白いエピソードになりそう、だけども「メインキャラは女の子ばかり」っていうのが見やすくさせている大きな要因なので、難しい所。

 ヒロインみんな良い子ばかりで、好きになれる、可愛いアニメだった。
 エンディング、大きく腕を振って後ろから近づいてきた響が、前をゆく花小泉ら三人の間を抜ける時、腕がぶつからないよう気を遣う細かい動きがツボ。
 最も大きな不運を抱え、動物に嫌われながら、助けた動物をその不運に巻き込まないよう行動できる花小泉の強さなんて、ちょっと感動的。
 これも第二期を期待したい。
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『宇宙パトロールルル子』最終13話.「私、宇宙の……」

 TRIGGERらしい、今石洋之らしい、勢い先行、細かいことなどさておいた感じのアニメだった。
 ルル子が巨大な敵の上を駆け回り攻撃するクライマックス、『フリクリ』で同じシーンを見たような……しかし、作画的な盛り上がりは凄く、楽しかった。

 ついでに同じくTRIGGERの『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』。
 かなり初期のエピソードから、ながら見しかしてこなかったため、最終回一話手前の「ニンジャスレイヤー 傑作選」が本当の総集編として作ったものなのか「そんな話なかっただろ!」と突っ込ませるためのギャグなのか、迷ってしまう。
いや、さすがに後者だということは分かったけど。
 キャラを棒立ちポーズのまま喋らせたりアクションまでさせるなど、極限の省力アニメかと思わせておいて、しっかり描かれているカットには気合いが入りまくっている、この落差が面白い作品。
 手間かけて作ったウソ総集編のように、「手を抜いているんだか真面目にやっているんだか分からないアニメにする」のが、この作品のテーマだったのかな。
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『くまみこ』最終12話.「決断」

 コメディー…ギャグ?アニメ、終わり。
 まちが積み上げてきた都会への憧れとトラウマが大きく顕在化。
観客の前で見事な舞を披露することにより、その恐怖を乗り越え、都会生活への一歩を踏み出した、かと思わせて、自らの妄想が原因で症状はより酷くなってしまう、コミカルなんだか余りにも可哀想なんだかのエンディング。
 ナツとじゃれあう、まちは幸せそう。
傍目にはアンハッピーエンドに思えてしまうけど、まあ、都会に行きさえすれば心が満たされるとは限らず、これはこれで良い締め方なのかな。
 アニメ終盤、原作漫画とは違う内容になっていたとか。
 まちが村から出ることを怖がり、ナツと一緒に居ることは、この作品をこのまま続けるための条件。
離れていこうとするまちへの、父親のような思いを絶叫するナツとシンクロしてしまう自分にとって、巣立ちを遠ざけるラストも「それはそれで」。

 この手の作品ではスポイルされがちな、「親」の役割をナツに演じさせたのが、最大の特徴。
ジジイ視聴者としては、ナツの気持ち、よく分かる。
ナツはかなり良いお父さんじゃなかろうか……娘を手放したくない気持ちは強すぎるけど。
イトコである良夫なんかより、遙かに正しい保護者。
 まちが可愛く、ナツも可愛い、癒やし系アニメだった。
終わりに流れる四コマ、ほのぼの・ぼんやりしていて好きだったなあ。
 アニメ第二期を期待。
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『ジョーカー・ゲーム』09.「ダブル・ジョーカー(後編)」

 騙し騙され、計画があり思わぬ相手方の行動があって、しかし最後はD機関の勝利…ポイントゲットで終わる、下手すればゴチャゴチャしそうな内容を、整理して毎回の争点・勝利条件を明確にし、分かり易く見せてくれる。
 厳しくアイディアの質を問われるタイプの作品なので、原作の完成度が高いんだろうな。
 日本スパイ達が余りにも男前揃いで垢抜けしているため、時代の雰囲気を感じさせる部分が少ないのは弱点……でも、ここをリアルにしたところで女性視聴者を離れさせてしまうだけか。

 前後編で登場した風機関は、冷酷非情ながらそれなりの実力を持ち、普通ならライバル組織として十分。
 戦況から、若い男達が大勢旅館に(定期的に?)集まっているのは不自然、というのは言われてみればその通りだけど、「スパイの行動としてもこれぐらいなら良しとしている」作品は少なくないと思え、駄目出しをされてしまう世界観のシビアさに、ちょっと驚き。
 せっかく作った内通者を作戦行動完遂前に殺そうとするのは迂闊。
そこから計画が大きく崩れてしまったのだし(実はD機関の恐ろしい周到さが根本原因にせよ)。
 指摘のように風機関は、スパイに憧れて恰好よさげな体裁を取りたがり、「ごっこ」遊びに興じていただけなのか。

 しかしD機関が実在してさえいれば(モデル?の中野学校はあるが)、日本は大戦で負けることなどなかったように思ってしまう。
真珠湾に空母が居ないこと、軍の暗号が解読されていることを知らせ、原爆の開発計画奪取や妨害まで、何でも出来そう。
 さすがに日米開戦後は、日本人の海外での行動は困難を極めるだろうし、また、こうした有効な戦力を巧く使いこなせない上層部の有り様が敗戦の大きな要因でもあったろうか……
いや『007』じゃあるまいし、スーパースパイの活躍で世界が変わることなどまあ無い、それは作中でも描かれている通り。
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映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』

 衛星で放送された映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』を見る。
 園子温監督版。
監督の作品では、テレビシリーズ『みんな!エスパーだよ!』が恐るべき下品さと下らなさで好き。
映画は『地獄でなぜ悪い』を見て、つまらなくはないけど、そう言われても困る内容だなあ、と思ったぐらい。
 『リアル鬼ごっこ』は、話題になっていた頃、原作小説を読み、確かに日本語は酷いけど内容としては悪くもなく良くもなく、これがヒットを飛ばしたのは読者みんな何を求めて読んだのか考えたのを思い出す。
 これ以前に五本ある映画シリーズ、最初の一作だけテレビで見た。
もうあんまり覚えてないけど、テレビでなんとなく眺めるのに向く出来だったような。

 この映画。
 とにかくヒドい前評判を聞いていて、どれほどレベルの低い内容なのか、期待と不安で見た。
……あー、いや、そこまで悪くない。
 ストーリーらしいストーリーがなく、死体ドサドサのグロと意味ないパンチラが不愉快で、ラストも盛り上がらず訳分からん、という辺りが不満なのかな。
 山荘を訪れた人間達がCG効果なども無く次々消えるだけの『ロッジ LODGE』や、ヨハネの黙示録に書いてあったことが起こりましたよーってそんなこと言われても困っちゃう『リメイニング』『レフト・ビハインド(ニコラス・ケイジを出しながらやる気の無さが酷い)』なんか見てきた(物好きな)身としては、別に。

 映画のテーマとしては「物語性の否定」なんじゃなかろうか。
 単に訳の分からない話にしてあるだけだろう、ってコトでなく、バス旅行の車内・突然通う学校・結婚式・陸上競技、それぞれに全然違う「基本設定」が付けられてあり、キャラクター配置があって、「これはまあ、こういう物語として見続けられないことはない」ぐらいまで描かれたところで、ブツンと断絶。
 その契機となるカマイタチ的人間切断とか銃乱射教師にしても、「超自然現象」「妖怪の仕業」「幻覚」「既に起きた集団死亡事故に巻き込まれたヒロインが 死の直前に理由を探している」等々、何とでも発生する理由らしき物は付けられるはずだけど、故意にだろう、付けず放りっぱなしなのも、物語性否定を感じさ せる。
 ヒロインに向けられる「お前がいるからみんな死ぬ」という言葉。
ホラーやサスペンスは大体、主人公を殺すための物語な訳で、最終目標が無くなればこの映画のような便宜上用意されただけの物語が解体してしまうのは、当然。

 斎藤工の下り、分断された物語に一応の筋を通す方便としてアリガチながら機能しすぎていて、逆に違和感。
これも崩壊しちゃうから、否定されている物語の一環なんだろうけど、無い方がテーマは伝わりやすかったろうか。
 事件は終わり(無かったことになり)、平和な日常に戻るエピローグへ。
ここで突然自殺するヒロインの行動は確かに、「思いつかないこと(物語として有り得ないこと)をしろ」に沿っている。
終わったと見せて過ぎ去っていなかった脅威により主人公が殺されてエンド、というパターンは珍しくないけれど、自殺は……
 こうして不合理な脅威との「鬼ごっこ」を強制的に不合理に終わらせてしまったヒロイン。
分断された物語に唯一共通して設定されていた「ヒロインを殺す」という目的さえ喪失、もはや映画は映画としてのテイも成さなくなり、ただ真っ白な世界に居るヒロインが、自らの意思で(便宜上付けられた設定や脅威に寄らず)物語を形作るため、走り出していく。
 面白いかどうかは見る人しだいとして、何だかこんな感じのことを描いた映画だったんじゃなかろうか。
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