オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

『涼宮ハルヒの憂鬱』23.「涼宮ハルヒの溜息 IV」

 ああ、なるほど、撮影現場で監督は神様に等しい、という話なのか。
 実際は、現実の あらゆる局面において神様に等しいのだが、何しろ本人・ハルヒに自覚が全く無いものだから、「ごっこ」のようなモノであっても自分のイメージや要望が そのまま通り、世界を思うように構築できるのは、嬉しいんだろう。

 映画制作に入ってから、ハルヒのワガママぶりが強調され、周囲に迷惑ばかり振りまいて「楽しさ」を余り与えない事で、キャラクターとしての魅力を下げてないか、と思っていたが、そうか、ここに繋げるためだったのか。
 ハルヒに批判的・反抗的な考えを持つ事が多いキョンだけれど、ここまで正面切って「怒り」をアラワにするのは初めて。
それは、忍耐力が限界を超えてしまったから、であり、みくるが余りにも可哀想だったから、でもあろうが、キョン自身が言っていたように、何もせず放置したままだと「コイツは一生誰からも避けられるようなアホになっちまう」と考えたから。
 その反抗は、腕を吹き飛ばされる結果に終わっていたかも知れず、下手をすると存在そのものを消去される恐れすらあったろう。
望んだだけで みくるの目から光線を発射させる事が出来るハルヒの力をキョンも分かっており、感情に突き動かされたとはいえ、正に命懸けの行動。
 「愛」とか言っても良いぐらい。

 ハルヒは、自分を怒ってくれる相手を求めていた…というと、ちょっとアリガチなパターン過ぎか。
 彼女の両親は登場してないんだっけ。
 成績優秀・運動もこなせる才女では、先生に叱られる事も(自覚的に踏み外した行動の結果、以外では)そうそうあるまいし。
 クラスメートは、彼女に関わりたがらないか、彼女が僅かも関心を持てない相手ばかり。
 宇宙人・未来人・超能力者を求めていたのは、彼女にきちんと向き合い、まっとうに遊んでくれそうだったから…か。
ホントに現れてみれば、腫れ物に触る扱いしかしてくれず、心の中に斬り込んでくる事はなかったが。

 自分を、背後の力(例えば資産とか権力)に寄らず、ただ「自分」として接してくれる相手が居るのは、幸せな事だろう。
 特別な力を何も持たない、正直な…愚直な、フツーの、ハルヒに好意を持つ男だけが、「神」の心に触れる資格を持つ。

 関係修復の切っ掛けにしようというのか、部室で髪をポニーテールに結い上げようとしていたハルヒが、可愛い。
扱いづらい女の子だけれど、時折 驚くぐらい素直な、可愛い所を見せるのが、ハルヒの魅力。
 次回、喋る猫の謎が解かれる?
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