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『ウルトラマンA』最終52話.「明日のエースは君だ!」

 MXテレビでの放送が終わったので、ちょっと感想。
 最終回、ヤプールが再登場するのは、シリーズ最後らしくて嬉しい。
ただ…放った超獣がさして強くなくアッサリ倒されてしまうのと、これが本当の目的だったのか、と思えるA陥れ計画自体が余りに情けないものなので、盛り上がりには欠けてしまう。
 シリーズ途中で見せられた、世界中の子供を異次元へ大量誘拐する事で人類の未来を破滅に導こうとする、スケールの大きい企みの方が、最終回にふさわしかったような。

 謎の宇宙人をイジメる子供達に、「ウルトラ兄弟は弱い者イジメはしない。何もしない宇宙人の子供を、訳も無くいじめたりはしない」と説教しながら、超獣に対しては出現直後のまだ何もしていない段階で攻撃を開始する北斗に、ちょっと笑ってしまう。
まあ、超獣は生物というより兵器の分類であり、ミサイルの改心を求めて撃墜を躊躇う、ようなアホな事をしている場合じゃないだろうが。
 『帰ってきた…』では、「宇宙生物は現状で危険か否かに寄らず処分する」事をMATの通常業務としているような描写があった。
比べると、甘くなったもの…いや、アレは北斗個人の意見だという可能性もあるか。
「ウルトラ兄弟は」と言っていて、「TACは」じゃないし。

 最終回でAが(北斗が?)言い残して行く有名なセリフ、「優しさを失わないでくれ。弱いものたちをいたわり、互いに助け合い、どこの人たちとも友達になろうとする気持ちを失わないでくれ。たとえその気持ちが何百回裏切られようと。それが私の最後の願いだ」は、かつてもそうであったろうが今は尚一層、現実の厳しい世界に実現するのは酷く難しい理想論であり、だからこそ胸を打つ。
 『A』が、この言葉をしっかりと伝えるために構成された作品だったかというと…それは少々怪しいものだけど。

 振り返ると、やっぱりヤプール編が面白かったように思う。
どんなキテレツ侵略作戦が展開されても、「異次元人の考えることだから」で納得?出来たし。
 『A』は、内容の迷走…は言葉が悪いか、試行錯誤が目立った作品で、当初「ウルトラタッチ」という決めゼリフもなく二人でジャンプして変身していたり、強く印象に残っているため毎回だった気がする「空を割って赤い異次元空間から現れる超獣」という素晴らしいビジュアルイメージも実は数回きりしか見られない。
後半、レギュラーになっていた一般人姉妹が何の説明もナシに出てこなくなり、最初はかなり個性的に描き込まれていたTAC隊員達が次第に「北斗の報告を否定するためだけに居る人々」と化してしまうのも寂しい。

 何より、この作品を特別たらしめていた北斗・南コンビのうち南夕子の離脱が痛い。
熱すぎて暴走気味の北斗を、冷静で穏やかな南がなだめる構図は、なかなか上手くできていたと思うのに。
 また…各話完結が前提だから仕方ないけれど、彼女の設定に伏線が無く、去って行ったことに後フォローも無く、北斗一人でAに変身してもこれまでと全く変わらない、「南夕子なんて最初から居なかった」然とする扱いになってしまうのが悲しい。
 子供向けヒーロー物で合体変身パターン男女バージョンを扱うのは、難しいのかなあ。
「銀河に散った5つの星」での、遙かな宇宙を隔てたウルトラタッチを素晴らしい名シーンだと思うにつけ、不完全燃焼に終わったこの設定が残念。

 次回からは『タロウ』…だとばかり思っていれば、意外にも『ファイヤーマン』なのか。
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