オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

『電波女と青春男』08.「ツィオルコフスキーの祈り」

 原作未読。
 男の子が女性だけの家庭に同居、そこの娘や、クラスメートの美少女達に囲まれ、楽しい暮らしが始まる…というハーレム物のフォーマットに沿った基本内容ではあるが、メインヒロインとなるステイ先家庭の娘・エリオの強烈さが凄い。
 キャラを印象づけるため、なかなか顔を見せないのは演出テクニックの一つだけど、バリエーションとしても「ずっと布団で簀巻きになっている」アイディアは出てこないなあ。
昔話の、鉢かづき姫を思わせたり。

 足から上が全部布団で覆われて見えない事により、覗く生足の艶めかしさが妙に強調されている。
足フェチには たまらないモノがあるのでは。
 抵抗出来ない(する気もない?)エリオの簀巻き姿は、不埒な妄想を湧き立たせ、「このままで…」の同人誌が沢山出そうな予感。
 そういう彼女が初めて素顔を見せるシーンは、演出・作画共に気合いが入っており、美しい、という感想を主人公と共感できる。
 エリオのキャラクターを立てるため、それだけで一話目はあったと思え、絞り込んだ、上手い構成に感心。

 ただ…これは今に至るもそうなんだけど…
 「布団にくるまっている」事を感じさせる音響フィルターによってエリオの声は聞き取り辛く、しかもその内容が電波なモノだったりするため、余計に理解が難しい。
聞き直しても分からない所が多々あり、まあいいやと諦めてしまう事も。
 主人公も聞き取れていないなら構わないけど、そうでないなら、嘘でも もう少し音声をクリアにしてくれるか、下に字幕を出す、主人公が発言を繰り返すなどした方が…いや、実際そんな重要な事は喋ってないんだろうが。

 エリオ母・女々は、アラフォーにしてせいぜい二十代の容姿を保持し、色気過剰で「からかう」というより「本気で主人公を落としに掛かっているのでは」と思える美女。
 こんな美人に迫られたら、思春期の男の子は迷惑を装いつつも嬉しいはずなのに、主人公の採点で、叔母との接触がほぼマイナス点になっているのがおかしい。
叔母だから女性として見られないのか、年増は一切趣味じゃないのか、視聴者と違って主人公には「年齢に相応しい本当の叔母の容姿」が見えている、あるいは…
言動や行動の危うさ、極限状況にある娘との距離の取り方、自分への露骨すぎる性的アプローチ等々、総合すると「この女性と関わるのは危険」「迂闊に手を出すと破滅しか見えない」と考え、自衛のため彼女との接触を「害」と捉えている?
 同人展開が楽そうなキャラクターではあるけど、楽すぎ、そのまますぎて、かえってエロ妄想が湧いてこず、意外と描くサークルは少ないのかも。

 長身のクラスメート・前川も強烈。
 やたら着ぐるみ姿なのは本人の趣味だろうから良いとしても、世間一般からの乖離っぷりは布団蒸しのエリオとどっこいであり、彼女が忌避される対象となっていないのは不思議。
友達が多そうでなく、みんなと仲良くとは考えていなさそうなので、学校で村八分扱いだが彼女自身が気にしてないだけ?
 時々クラッとしているのは何故かと思えば、虚弱体質なのか。
着ぐるみで動き回るには相当の体力が必要なような……

 流子は…これだけ強烈で、言えば電波気味の女性キャラの中では、普通。
異常さも、目立つ問題行動もなく、まあまあ常識の範囲内に収まる思考形態かと。
 他の「電波女」に囲まれていると、彼女だけマトモに見える。
 といっても、「萌え作品の文法上において」という注釈が付き、実在する女の子の行動としては常道を外れる部分があるけれど。

 作品として、キャラの会話内容が多く「気の利いたもの」になっており、サラッと聞き流せる会話文とは違っている。
これが独自の魅力を生み出しているのと同時に、聞き取り辛い分かり辛いマイナスの側面も。
婆ちゃん(そういや真顔でキャトルミューティレーションを語ったり、婆ちゃんも電波女だ)の友達に関する定義談話なんてのは、結構面白かったなあ。
 作画に時折崩れが見られるようになったのは、残念。
キャラのアップ時はクオリティーを保っているし、これで文句を言うのは贅沢だろうが。

 語り口が上手いかというと必ずしもそう言えず、女々と山本(安代)・婆ちゃんの関係とか舌足らずで物足りない所もあるけれど、不思議な面白さがある作品。
 形式がキレイに整っていても興味を持てない作品があり、少々ガチャガチャしていても惹き付けられる作品がある、このアニメは、個人的に後者。
スポンサーサイト

アニメ | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<『緋弾のアリア』08.「魔剣」 | HOME | ううう>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |