オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

映画『涼宮ハルヒの消失』

 レンタルと、後の放送されたWOWOWで映画『涼宮ハルヒの消失』を見る。
 三時間近くもある長い映画だけど、初見ではダレる事なく一気に見た。
 WOWOW録画鑑賞時は、まとまった時間が取り辛いせいもあり、三十分ぐらいずつ区切って日を分けて見たが、こうするとほとんど負担無く感じられる。
 今更…だけど、テレビシリーズの「エンドレスエイト」を二本程度にまとめ、残り6話に分けて放送すると丁度良いぐらいの内容だったんじゃ。
 劇場用として予算を掛けて製作されたお陰か(京アニはテレビでも手を抜かないが)、特に作画面の充実ぶりが凄く、功罪相半ば、いやこれはコレで良いのかも。
 「エンドレス…」の八回繰り返されるウンザリ感が、長門に発生する機能異常を やむを得ないものとして見る側に伝えてくれるし。

 感想としては、そりゃもう「長門萌え」としか言い様が無く。
彼女を魅力的に描くための映画、と言いきって良いぐらい。
 入部届を返された瞬間に見せる表情の崩れ方は、前後のつながりを無視して見てさえ観客の心をかき乱してくれる程に、入魂の作画!
「ごく当たり前の内気な少女」長門が恋の叶わないことを知る、このシーンこそ映画のクライマックスか。
 声優さんも、通常長門の「超常能力を背景としての無表情」と、今回の「何に対しても自信を持っていない静かな少女」を、さして多くないセリフを通し見事に演じ分けていて、感心。

 タイトルから予想していた通り、ストーリーは、ヒロインが消失し彼女を中心に成り立っていた世界が「祭りの終わり」を迎える意味で、『うる星やつら3 リメンバー・マイ・ラブ』と似ている。
あの映画は、ラムと決別しようとするメガネが白眉で…いや関係ない話。

 テレビシリーズで見せられてきた、アレもコレも伏線だったのか、と思わせられる所があり、唸る。
「笹の葉ラプソディ」は凄く重要なエピソードなのね。
 この映画で引かれたまだ閉じていない伏線もあり…キョンを助けに来たキョンとか…まだ終局には間が?
 かなりカッチリ構成された作品のようだけど、全体について最初にどのぐらい考えて・決めて作り始めたのかなあ(印象的なイベントを、後付けで伏線に用いている部分もあろうが)。
 朝倉涼子の復活が嬉しい。
有能で公平で優しい理想的クラス委員長姿は勿論だけど、異常性を顕わにした所も、恐くありつつ魅力。
長門の部屋でキョンを問い詰め、気持ちを見通すように「ふぅーん」というシーンの表情変化とか、素晴らしい。
どういう世界でもキョンを殺したがるのは、ぐるり回って考えると作中で一番キョンを愛しているからかも知れない……いや違うな。

 今更ながら、ハルヒの第一声「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい」という募集要項?のウチ、他は全て集まってきているが「異世界人」だけは居ない、と思っていたけど、キョンのことなのね。
 長門もハルヒも、キョン一人のために世界を作り上げているに等しいところから、うーん、キョンって何者?
そこには何かストーリー的な仕掛けがあるのか、「ごくごく平凡な、この作品を読んで・見ているアナタと変わらない男の子ですよ」が最終的な答となるのか。

 彼が・彼女が居てくれるだけで世界は輝きを増し、不思議と感動と奇跡に満ち、毎日がお祭りのようになる。
そういう相手を失うことによっては、無味乾燥な日常と対面せねばならなくなり、日々は途端につまらなく、灰色に。
 好きになるのは誰でも良かったはずが、一度好きになってしまえば、もう他の誰にも代わりは務まらない。
 恋する相手は、恋をしている期間中に限り唯一絶対の存在。
 相手は、「恋をしている自分の(主観的)世界」を統べる神にさえ等しい。
 他者をどれだけ傷つけても、周囲にどれだけ迷惑を掛けても、ただ彼・彼女との恋の成就のみを願う、その厄介さと面倒臭さと馬鹿らしさと美しさと、どうしようもない人間の業と、だからこそ感じる人の愛おしさ。
 SFのようだけど実は、そういうものを描いてるのかなあ。

 この続きは、またテレビシリーズとして展開するのか、今後は劇場版として作り続けられるのか。
何しろ人気作だから、これで終わり、という事は無かろう。
 恋のため?ハルヒと長門は異常行動を見せた。
後は みくるだけだから、そういう話が作られるのかな…既に時間違反行動を積み重ねているのかも知れないが。


 同人誌で以前、ハルヒがキョンの子供を妊娠する未来の話を考えていた。
その時、使おうとしていたキョンのセリフメモが出て来たので、どうせ描かないだろうし、ちょっと。
 いつ書いたのか忘れたけど、ウチの娘が生まれる前後の事だと思う…としか思えない。
そういう意識がバリバリ。
 作品に合わないとか、キョンはこんなこと死んでも言わねーよ馬鹿、というご意見は尤もですが、まあまあ。
 では、以下。

 子供が出来るっていうのは、宇宙人や未来人や超能力者に会うのと同じぐらい、いや、もっと凄い奇跡だ。
無限の可能性を秘めた「宇宙」を作るのと同じ事なんだから。
 例え自分が生み出した「宇宙」でも、自由に、思い通り出来ると考えちゃイケナイ。
 不安も不満も苛立つこともあるだろうけど、一緒に生きるんだ。一緒に育つんだ。
 親の顔色をいつも伺い、ご機嫌を損ねないか理不尽な目に遭わされないかビクビクしている「宇宙」に育てるな。
お前が逢いたかったのは、そういう相手じゃなく、お前が望んでいたのは、そんな「宇宙」じゃないはずだろう。
 半人前のオレ達に出来る事なんてたかが知れてるが…
一杯笑わせてやろう。
持ってるモノは何でもやろう。
「この親の…母親(ひと)の子供として産まれてきて良かった」と思わせてやろう。
 いつか、生きてここに在るのは幸せだ、と感じて欲しい。
お前と出会えたオレのように。
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