オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

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『SHIROBAKO』11.「原画売りの少女」

 一話分のアニメを作るに必要な原画の振り分けについて、「多分こうなんだろう」という想像はしていたけれど、事実(に近い?)プロセスが見られて、興味深かった。
 作品としての見せ場…にしても、面倒なシーンを描きたがるアニメーターさんとか、凄いなあ。
「珍しい病状の手術を行いたがる医者」みたいなものだろうか。
 とても間に合わない、と見えた作品内アニメも、大変ではありつつ、最終回進行へ。
何とか、どうにかなってしまうモノなんだなあ。
もしかして望んだクオリティーには達していないのかも知れないが、それでも穴を開けず放送できるようにするのがプロの矜持、というか仕事。

 ヒロインの同級生であるアニメーター女性が、作画について全くのダメを出され、落ち込む所、全然他人事じゃなくて胃がキリキリ。
 「趣味を仕事にするな」というのは、人生を構成するその大きな二つの要素が同一になってしまうと、それを否定された時、人生そのものを否定されたように感じてしまうから。
意に染まぬ仕事をしている場合、完全否定を受けても「知らないよ、だってこんなのオレのやりたい仕事じゃねーし」という自己正当化?が出来なくもないけれど。
 大好きなことを毎日でき、仕事の充実が人生の喜びと一致するのは、それでもシアワセだとは思う。
だから、酷く落ち込んでも「また頑張ろう」と思える場合があるのだし。

 作品内アニメの最終回について、イメージが固まらない監督と話し続ける(監督から話を引き出す)ことにより、無事着地点を見つけさせる脚本家氏が凄い。
漫画編集者さんとかにも是非欲しい才能じゃなかろうか。
 このアニメのエンディング。
少女とクマのぬいぐるみがただ座っている冒頭シーン、ちょっと長すぎて単調に思え、少しだけでも動きを付ければ良いのに…と思っていたけれど。
ああ、これ、「仕事」あるいは「人生」ってことなのね。
夢を見るだけで何もしていない・何も出来ない長い期間があり、ぎこちなく人の真似をすることから覚え、ようやく自分なりの動き方を掴んでいろいろなことが 出来るようになる、しかし、全てが上手くいく訳などない、というようなストーリーが人形によって表現されていると、ようやく気がついた。
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