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『夜ノヤッターマン』最終12話.「夜明け」

 新たなヤッターマンになったガリナ・アルエットと共に、死地へ赴くドロンジョらドロンボー一味。
 理屈を抜いてしまえば、それはそれで楽しく見られる内容だったけれど……不満は残る。
 抑圧された民衆の前に「本物のヤッターマン」として姿を現し、希望を与えるガリナ。
それは良いけど、その民衆、続く死闘をボーッと見ているだけで特に何もしないのは……蜂起してドクロベーメカを破壊し、エネルギー源を断って巨大ドクロベーに障害を起こさせる、ぐらい活躍させても。
 旅の途中で出会ったゲストキャラ達。
せっかく個性的なキャラを配していたりするのに、このラストバトルで登場させないのは勿体ない。
この辺、燃えるパターンに出来たはず……「その他」の人々は何もしないのが『ヤッターマン』の伝統、と言えばそうなんだけど。

 最終回は、凄みを感じさせるほど、渾身の作画。
しかし、トンズラーの格闘戦やヤッターワンvsドクロベー戦などで、突然同じカットが複数回リピートされた。
それも良くある作画枚数の節約目的にしては、「戦いの流れが分からなくなる」ほど拙い使用法であり、せっかくのクライマックスにテンションを下げられてしまう。
 巨大ドクロベーとの決着が分かり辛いのは、本当に残念。
 最終回の完成フィルムを納品したところ、過激すぎるバトル描写についてテレビ局から変更を求められ、時間的にもうどうすることも出来ず、カットの切り貼りで誤魔化した……とか、そんな事情じゃないかと要らないコトまで考えてしまう。

 ラストバトルについては特に、ボヤッキー製メカのチートっぷりが凄まじく、手に汗握る、までは行けない。
「ボヤッキーは無から有を生み出すほどの天才」という超便利設定を取ってしまうと、物語の絶望的状況をひっくり返すのが不可能になる、って事情は分かるけど。
それに、これまた『ヤッターマン』のお約束ではあるし。
 ヤッターワンには、サイボーグ体を破壊されたアルエット愛犬の頭脳が使われていた?
そういう設定があれば、無茶な強さにも感情的納得をさせやすいけど。

 以前の、アルエット父・ゴロー将軍が迎えた最期には、ホロリと来た。
子持ちジジイになってしまった身として、コレは泣かざるを得ない。
 全体に。
 最終決戦へと向かう辺りでの詰め込み方に無理があり、消化不良を感じてしまう。
途中に不要と思われるエピソードもあり、最後にあと一話回せば、もっと盛り上げて、満足度の高い終わらせ方に出来たろう。
 シリアスとギャグの配分にバランスの悪さを感じる所……どう受け取れば良いのか困ったことも。
 とはいえ、「キワモノ」「あんまり面白くなりそうな予感がしない」といった失礼な予断を軽々と乗り越えるぐらいには、楽しく見せ続けてくれた作品。
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