オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』

 衛星で放送された映画『リアル鬼ごっこ(2015年)』を見る。
 園子温監督版。
監督の作品では、テレビシリーズ『みんな!エスパーだよ!』が恐るべき下品さと下らなさで好き。
映画は『地獄でなぜ悪い』を見て、つまらなくはないけど、そう言われても困る内容だなあ、と思ったぐらい。
 『リアル鬼ごっこ』は、話題になっていた頃、原作小説を読み、確かに日本語は酷いけど内容としては悪くもなく良くもなく、これがヒットを飛ばしたのは読者みんな何を求めて読んだのか考えたのを思い出す。
 これ以前に五本ある映画シリーズ、最初の一作だけテレビで見た。
もうあんまり覚えてないけど、テレビでなんとなく眺めるのに向く出来だったような。

 この映画。
 とにかくヒドい前評判を聞いていて、どれほどレベルの低い内容なのか、期待と不安で見た。
……あー、いや、そこまで悪くない。
 ストーリーらしいストーリーがなく、死体ドサドサのグロと意味ないパンチラが不愉快で、ラストも盛り上がらず訳分からん、という辺りが不満なのかな。
 山荘を訪れた人間達がCG効果なども無く次々消えるだけの『ロッジ LODGE』や、ヨハネの黙示録に書いてあったことが起こりましたよーってそんなこと言われても困っちゃう『リメイニング』『レフト・ビハインド(ニコラス・ケイジを出しながらやる気の無さが酷い)』なんか見てきた(物好きな)身としては、別に。

 映画のテーマとしては「物語性の否定」なんじゃなかろうか。
 単に訳の分からない話にしてあるだけだろう、ってコトでなく、バス旅行の車内・突然通う学校・結婚式・陸上競技、それぞれに全然違う「基本設定」が付けられてあり、キャラクター配置があって、「これはまあ、こういう物語として見続けられないことはない」ぐらいまで描かれたところで、ブツンと断絶。
 その契機となるカマイタチ的人間切断とか銃乱射教師にしても、「超自然現象」「妖怪の仕業」「幻覚」「既に起きた集団死亡事故に巻き込まれたヒロインが 死の直前に理由を探している」等々、何とでも発生する理由らしき物は付けられるはずだけど、故意にだろう、付けず放りっぱなしなのも、物語性否定を感じさ せる。
 ヒロインに向けられる「お前がいるからみんな死ぬ」という言葉。
ホラーやサスペンスは大体、主人公を殺すための物語な訳で、最終目標が無くなればこの映画のような便宜上用意されただけの物語が解体してしまうのは、当然。

 斎藤工の下り、分断された物語に一応の筋を通す方便としてアリガチながら機能しすぎていて、逆に違和感。
これも崩壊しちゃうから、否定されている物語の一環なんだろうけど、無い方がテーマは伝わりやすかったろうか。
 事件は終わり(無かったことになり)、平和な日常に戻るエピローグへ。
ここで突然自殺するヒロインの行動は確かに、「思いつかないこと(物語として有り得ないこと)をしろ」に沿っている。
終わったと見せて過ぎ去っていなかった脅威により主人公が殺されてエンド、というパターンは珍しくないけれど、自殺は……
 こうして不合理な脅威との「鬼ごっこ」を強制的に不合理に終わらせてしまったヒロイン。
分断された物語に唯一共通して設定されていた「ヒロインを殺す」という目的さえ喪失、もはや映画は映画としてのテイも成さなくなり、ただ真っ白な世界に居るヒロインが、自らの意思で(便宜上付けられた設定や脅威に寄らず)物語を形作るため、走り出していく。
 面白いかどうかは見る人しだいとして、何だかこんな感じのことを描いた映画だったんじゃなかろうか。
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