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映画『地球が静止する日』

 映画『地球が静止する日』を見る。
 1951年のSF映画『地球の静止する日』を、キアヌ・リーブス主演でリメイクしたもの。
共演のジェニファー・コネリーは、年齢を経てもやはり美しい。
 オリジナルは、タイトルと大まかな粗筋を知っている程度で、未見。
 地球へと降下してきた謎の巨大球体。
その中から現れた男を巡り、地球の運命を賭けた物語が始まる。

 古典のリメイクだから当然なのだろうが、とても懐かしいタイプの映画。
「人類は危険な存在ではないか」
「我々に生き残る資格があるのか」
といったテーマを扱う。

 エイリアン(?)と関わる地球人女性、彼女が抱える家庭内の問題、「力」しか信じない無理解な政府の面々、人類を見舞う絶対の危機を切り抜ける最後の切り札は果たして…
筋立ても出てくるキャラクターも、古典的。
 とはいえ現代の映画らしくCGは派手で、破壊を行うシーンの迫力など、なかなか。
 キアヌが発揮する不思議な力…特にヘリから照射されるレーザーサイトの光(かな?)を掌で「押し返して」ヘリの計器に異常を生じさせる無茶苦茶なアイディアには、笑ってしまった。

 が、逃走劇で米政府が見せる無能さ・間抜けさは最近の映画とすると驚くべきレベルにあり、人間同士の関わりは概ね地味で、キャラクターの煮詰め方が弱いためか展開に説得力が乏しく、ために映画のラストにもモヤモヤが残ってしまう。
 ヒロインとエイリアンの恋愛感情、なんてモノは全く描いていないし、「追い詰められたら変わるかも知れないから」だけでは人間を信じる理由には弱い。
…それで納得できるなら、そもそも手前らの勝手な理屈で人類絶滅なんて目論むなよ、どんだけ雑なリサーチしてるんだ、と思えて。
 ヒロイン家庭での、義息子との関わりは、もっと物語に活かせた所かと。
父親の代わりとしてキアヌを慕い始める息子と、向けられる愛情に戸惑うキアヌ。
人間は、恐れ・嫌い・殺したいとまで思っていた相手とでも、いつか仲良くする・愛する事さえ出来る、そういう可能性を秘めた種族である…という辺りを、子供が示す「未来への希望」に込めて、彫り込むべきだったのでは。
 先住老エイリアンの人類に対する複雑な感情、老学者とエイリアンの知的に高度な会話なんかは楽しく、味わい深かったんだけど。

 圧倒的な力を持つエイリアン対人類の激戦を描くバトルエンターテイメント、もしくは そういう部分を切り捨てて、人類の絶望的な種族的問題とパンドラの箱の最後に残ったほどの「希望」を しっかり描くドラマ、どちらかに特化した方が見易く、面白くなったと思う。
 実際には酷く中途半端な出来に終わっているが、まあ、古典のB級SFをテレ東昼間の映画枠で見る気分で鑑賞するなら、そんなに悪くない、それなりの映画。
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