オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

『CLANNAD AFTER STORY』15.「夏の名残りに」

 う、うーん…
妊娠・出産という大イベントを前に、体の弱い渚の「死」という危機を孕んで、シリアスな展開が続いているが…
 どうも軽い。
「学園祭の演劇を成功させられるかどうか」と、さして変わらない重さに感じられてしまう。
 それは、仕事や病気や結婚の「本当にシンドイ所」をまるで描かない、ライトな作風に大きく寄るのだろう。

 渚両親の描き方が、良く取って「子供っぽい先輩」、普通に見れば「同年代の友人」に思えるのも、軽さの原因。
 瀕死の状態にある幼少時の我が子を、病院ではなく、毛布にくるんだだけで野原に連れて行くオヤジの感性は(それを止めず追いかけてさえ来ない母親も)、理解しがたい。
「奇跡」を描きたかったのだろうし、現代医学に頼っては死んでいた設定だ、という事を割り引いても、ちょっと唐突すぎ。
 体の弱い娘の事を心から思う気の若い両親、なんてモノをシミュレートするのは難しかろうけど…

 彼らに限らず、朋也の職場の上司や先輩、学校時代の教師(ほとんど出番のない老教師を除き)、朋也父に到るまで、「大人」が出てこない作品。
 朋也らが「こうなりたい」と目指す対象は存在せず。
せいぜいで、渚両親、先輩夫婦のような仲良しで居たいなあ、ぐらいだろう。
それは、学生時代の恋愛でも実現可能な…いや、その方が実現するのに容易な目標ではなかろうか。
 意図的にやっているのだろう そのお陰で、「ライトな社会人」「『夢』としてのキレイな夫婦生活(性生活を匂わせず、ほぼプラトニックに妊娠した印象)」そして「さほど重みのない『死』」を描く事が可能になっている。

 確かにそれは、「萌え」作品の その後としては、違和感がない(なさ過ぎる)ものだけれど。
軽さ・楽しさ・明るさが この作品の持ち味だし、悪い、と単純には言えない部分でもある。

 文句言いつつも、渚は好きなキャラクターなので、死んでしまったら凹みそうだなあ自分。
 ライトな作品らしく、「無事子供が生まれ、渚も元気で、一家はいつまでも楽しく暮らしました」という終わり方にしてもらえないモノだろうか。
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この記事のコメント

はじめまして!
いつも楽しく読ませて頂いています。
おっしゃる通り、学生恋愛成就後の社会人生活を描いていてもリアル感は少年漫画のままで、青年漫画やTVドラマで描かれるようなドロドロした「現実」は見られません。
ただ、あまり現実性を重視した描き方は作り手の自己満足に終わってしまう危険性が高い気がするので難しいですね。
自分は原作のビジュアルノベルを読んで、この作品のテーマは「家族の絆」だと感じました。
ウソ臭いほどに理想的な渚の両親を見ながら朋也は常に(ウチの親父とは違う)と思っています。主人公である彼が物語冒頭から持っている暗い闇は全く払われていないのです。
この物語の真髄はこれからだと思いますよ。
2009-01-26 Mon 23:41 | URL | 大橋零人 #-[ 編集]
 コメント、ありがとうございます。

 ドラマに、どこまで現実を入れて、どこまでフィクションと割り切るかは、確かに難しい判断です。
主人公達が現実の荒波の前に苦しむばかりのストーリーを見せられても、視聴者は(自分含めて)喜びませんし。

 渚が大変な事になり、子供が残され、「家族の絆」は壊滅的な損傷を受けてしまいました。
 どう心の大穴を埋めるのか…埋める事など出来るのか、ここから試されていくのでしょうね。
 「見続けていて良かった」と最後に思える作品となってくれますよう、期待します。
2009-02-01 Sun 09:21 | URL | 飛龍 乱 #-[ 編集]

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