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『CLANNAD AFTER STORY』18.「大地の果て」

 汐と二人、旅行に出る事になった朋也。
 ううう~ん難しい。
ドラマとして見ると、どれほど困難かと思われていた父娘の関係修復が僅かな時間で簡単に片付けられ、拍子抜け。
でも、「お前のせいで渚が死んだ」などと考えない朋也も、「父親に捨てられた、私は嫌われている」とか気にしていない汐(そこまでの年齢ではないから?)も、会ってみれば何となく仲良くなれてしまう二人の関係も、「そんなもんだよ」と言われれば確かに そうも思える。

 朋也の汐に対する態度は、攻略目標でもあった同学校の女生徒達とのそれと、ほぼ変わりない。
 ギャルゲーのヒロインらには、大抵ドコか「欠けた」部分があって、そこを主人公が努力により、あるいは自身の存在により埋め、強固な繋がりを得る事で、恋愛が成り立つ。
 汐の場合…一緒に暮らす渚両親を実の親と考えて満たされていれば良いようなものだけど早苗の教育(泣く場所に朋也を指定とか)が徹底していたのか…「親からの愛情」という欠落ピースがあるので、実の親である朋也にとって、攻略は驚くぐらい簡単。
 実際、オモチャのロボットを手掛かりに関係は良好になった。
いや、あれさえ「朋也の」心を開かせるアイテムであり、汐は最初から朋也を求めていたような。

 とにかく、何年も娘を拒絶して生きてきた事で、朋也の・汐の内側にあると予想された・無ければならないと考えられた「関係修復への障害」が、ほとんど何も示されなかったのは、ドラマとして弱い。
 あったのは、朋也と父との確執を解消するイベントが組まれた、ぐらいか。
それも、婆ちゃんの話を聞くだけだからなあ。
これまた、「そんなもんだよ」と言われれば そうかも知れないんだけど。

 ただ…
 この作品は、当然ながら、「萌え」とか「恋愛アドベンチャーゲーム」の方法論で作られている。
娘である汐も、ある意味、主人公の攻略目標として描かれる。
例えば、汐を「男の子」に設定してみると、途端に この話は成り立たなくなってしまうだろう。
 ベーゴマやらミニ四駆を中心に据えた作品では、対立する相手との勝負から、自身や仲間を襲う様々な危機、地球にやってきた侵略者の撃退まで、テーマとしたアイテムでもって決着を付ける事になっている。
 「萌え」をテーマにした この作品では、主人公の就職や結婚生活さえ、重くない・ジメジメしない・心地良くライトな「萌え」で語って来た。
だから、娘との関係だけリアルに辛気に描こうとしては、逆に不自然。
 父娘の仲も「萌え」文法で解決する事により、シリーズとしては姿勢を一貫できる…のだろう。
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今回の話で否定的な感想しか出てこないのであれば、恐らく管理人さんにはこの作品は合わないのだと思います。
無理に視聴を続けて、無理に記事にしない方が良いかもしれませんね(見たくもない作品をなんか無理して論評しているように見えるものですから)。
違っていたらごめんなさい。

zett さん。
 コメント、ありがとうございます。

 毎回、凄く楽しみに見ていた作品なので、肌に合わない、違和感のある展開が含まれる事には、確かに戸惑っています。
 しかしそれは、見るのが辛い・見たくもない、という事とイコールではなく。
 今でも、面白く見ていますよ。
ただ、感じる違和感は何なのか、制作者はどうしてそういう要素を入れたのか、それによって何を成そうとしているのか、にはとても興味があり、どうにか理解できないものかと考えておりまして、そのため妙な理屈を書き連ねている部分はあるかと思われます。
 短く、鋭く、的確で分かりやすい文章を書くのは、難しいですね。
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