オタクのゴタク/飛龍 乱ブログ

『涼宮ハルヒの憂鬱』16.「エンドレスエイト」

 ええと、16話でいいんだっけ?
ウィキペディアでタイトル一覧を見ても、ここ5話分は全部同じだし、放送日を書いてないんで判断し辛い。
 …というぐらい、視聴者大混乱の構成。

 ほとんど同じ内容を、演出的に手を替え品を替え、しかし「同じ事やってる」という印象だけは替えないよう注意を払い、見せ続けている。
恐らくはドンドン新しいストーリーを語っていくより、遙かに手間が掛かり、大変だろう。
 しかし…そういう方面で評価してくれるのはオタク寄りな人間ぐらい。
今回、ヨメと見ていたのだが、余りにも同じ内容なのに飽きたようで、途中から台所に立ってしまった。
こういう視聴者数、このまま回を重ねるごとに増えていくのでは。
 割が合わない手法だなあ。

 DVD等の売り上げにしても、全話コンプリートしたい人や「繰り返しの度に変化する みくるの表情が凄くイイ」といった細かい事に拘る人、この手法に「京都アニメーションは神」を感じ取れた人以外は、歯抜けで構わないや、って気分にならないだろうか。
 普通に一話を作るのと、少なくとも同じ予算を掛けて(脚本代金は値切れそう?)、しかしセールスが下がる可能性はあっても上がる期待は余り持てない。
現場はともかく、よく上層部が許したなあ、このやり方。

 個人的には、物語の行く末から制作外部事情まで、色々な事を想像(妄想)させてくれる事を含め、まだ楽しく見ているが。
 8月30日、喫茶店で、ハルヒを呼び止めようとして出来ないキョンに対し、「今回こそは呼び止めるのか」という期待と、「呼び止めろよ!お前が何とかしないと来週もまたコレじゃないか!」という苛立ち?ハラハラ?の気持ちが、超越している長門、一回ごとにリセットされているためまだ焦燥感が弱い他キャラクターを置いて、視聴者である自分の胸の内にのみ凄く高まっているのを感じる(感じさせられる)、もの凄い構成なのだし。
 ただ、あと数回このまま見せられたら、さすがに感想がネガティブ方面に転びそう。
「傲慢だ」とか「高い技術力に溺れ視聴者を軽視している」などと言って。

 勝算があってやっている事なら、いいなあ。
 解決編を見せられた途端、なるほどここに到るべく設けられた長いタメか、繰り返しの一話たりとも無駄ではなかった、ソフト化されたらエピソードの最初から見返したい…と思わせ、カタルシスと感動を与えてくれるような。
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